第34話 辺境伯までの道のり
◆ ハルト=アルゼット視点 ◆
辺境伯領へ向かう馬車は、緑濃い森の中をゆっくりと進んでいた。道は曲がりくねり、石畳があるわけでもない。外気は湿り気を帯び、木々の間を吹き抜ける風に緊張が宿る。
「……魔力の乱れが、ここから先、少し強いかもしれませんね」
レオノーラが杖を握り直す。体内の精霊核に宿るイフリートが微かに唸り、赤い熱を帯びた光が彼女の手から漏れる。ボクは剣を軽く握り直し、馬車の揺れに合わせて体を安定させる。
「森の中の魔力が小刻みに揺れています。何かが起きる前触れでしょうか」
下級生のフェリクスとモモは荷台で小さく相談をしている。フェリクスはお菓子の箱を抱え、無邪気に手を伸ばしてはモモに注意される始末。モモは聖女候補生としての訓練が生きているのか、慌てず落ち着いて下級生の面倒を見ていた。
「フェリクス、そこは危ないってば!」
モモの声が響く。フェリクスはお菓子を落としそうになりながら、「わかったよ、モモ!」と慌てて手を止める。リディアが素早く荷物を支え、鋭い目で森の奥を見据える。黒髪のメイド姿に見えるが、その動きは暗殺者さながらだ。
「油断できませんね……」
ボクは心の中でため息をつきつつ、前方の道を警戒する。森の奥から微かな光が瞬き、空間の一点が歪むように風がねじれる。自然界のそれとは違う異常な魔力の兆候だ。
「……来るかもしれません」
レオノーラが杖を地面に突き、掌を開くと、赤い炎がゆらめき、周囲の空気を熱くする。ボクは剣を抜き、馬を制止させる。
「皆、注意! 小規模な魔力の乱れが発生しています」
フェリクスはお菓子を抱えながらも、モモと連携して荷台の荷物を整理し、落下しそうな物を押さえ込む。モモは彼の動きを補助しつつ、魔力の感知も怠らない。
森の中の異常は、葉の先端や小石の動き、風の微妙なねじれとして現れた。レオノーラは杖を前にかざし、精霊術でそれを鎮める。イフリートの熱が彼女の体内でうなり、赤い火花がちらついた。ボクは剣を振り、妨害になる枝や障害物を切り払う。
「やはり、精霊術と剣技の連携は見事です……」
ボクは心の中で感心した。レオノーラの精霊術とボクの剣技が合わさることで、森の異常も無力化される。彼女のイフリートの存在が、魔力の揺らぎを鋭く制御する支えになっているのだ。
その瞬間、フェリクスが大声をあげた。
「わっ、何か光った! モモ、触らないで!」
小さな光球が馬車の横で瞬き、フェリクスは慌てて手で押さえる。モモは素早く手をかざして白い光を放ち、光球を鎮める。その動きは、聖女候補生としての技術の賜物だった。
「危険です。この森にはまだ、何か潜んでいるかもしれません」
モモは冷静にそう言い、ボクも剣を握り直す。異常魔力の小さな波動を封じつつ、森を進む道はまだ続く。
馬車の揺れ、森のざわめき、そして下級生たちの小さな騒動――すべてが、旅路の試練であり、仲間たちの連携力を試す場面でもあった。フェリクスとモモのトラブル回避の努力が、結果的にボクたち全員を守ることに繋がる。
日が傾き始める頃、異常の波は徐々に収まり、森は再び静かになった。辺境伯領までの道のりはまだ長いが、今日の経験でボクたち六人の信頼はさらに深まった。モモとフェリクスの下級生コンビも、経験を通じて少しずつ成長しているように見える。
夕陽が森の端に沈む。赤と金の光が差し込み、馬車の輪が砂利を蹴る音、仲間たちの笑い声、風のささやき――すべてが、これから待ち受ける災厄の序章を告げていた。
ボクは剣を握り直し、前を見据える。どんな異常魔力やトラブルが現れようとも、レオノーラの精霊術、下級生たちの補助、そして自分の剣技で乗り越える――蒼き誓いの剣士として、胸の中で固く誓った。
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