第2話 式場の青年
「……代理の結婚式、ですか?」
静かな打ち合わせルームに、その言葉がぽつりと落ちた。
理沙はまっすぐ前を見つめたまま、小さくうなずいた。
「はい。妹の……結婚式だった当時の日程のまま。私が、妹を演じて。
形式だけでも、あの子の夢を叶えてあげたいんです」
向かいの席にいた女性スタッフが目を潤ませ、そっと口元を押さえた。
だが、その隣に座っていた青年は、しばらく黙って理沙を見つめていた。
視線は真剣で、どこか遠慮がちだった。
「その場合……新郎役は、どうされるおつもりですか?」
その問いに、理沙は少しだけ間を置いてから、答えた。
「……お願いしたいんです。そちらのスタッフの方に」
沈黙。
空気が、少し重くなった。だが青年はやがて、静かに口を開いた。
「……僕で、よければ」
理沙は顔を上げた。
はじめて、きちんと彼の目を見た。
落ち着いた茶色の瞳。まっすぐで、どこかあたたかい。
若すぎず、年上すぎず、控えめなスーツ姿が式場スタッフらしかった。
「私……図々しいお願いなのは、わかっています。
でも、美緒は……ここで式を挙げるのを、本当に楽しみにしていたから」
彼は静かにうなずいた。
「……妹さんの気持ち、きっと、ここにも残ってると思います」
「……ありがとうございます」
「小野陽介と申します。担当のプランナーですが、もともと演劇部出身でして。
役としての花婿、全力で務めさせていただきます」
少し照れくさそうな笑顔だった。けれど、その表情に救われた気がした。
理沙は、胸の奥がふっと軽くなるのを感じた。
不思議だった。
ほんの数分前まで、妹の代わりに立つことに迷いがあったのに。
今、この人の前では、少しだけ自分のままでいてもいいような気がした。
──理沙はまだ知らない。
この日から始まる日々が、ただの「代役」では終わらないことを。
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