代役の花嫁

もちうさ

第1話 白いドレスの行き先

 カーテンの隙間から、夏の午後の光が差し込んでいた。

小さな風鈴が、かすかに鳴る。

音のない部屋で、それだけが生きているようだった。


 理沙は、妹・美緒の部屋のベッドに腰を下ろしていた。

事故からまだ一週間も経っていない。葬儀を終えてなお、現実は彼女の中でうまく形を結んでいなかった。


「……まだ、ここにいるみたい」


 整頓されたドレッサー、机の上のスケジュール帳、使いかけの香水。

妹の気配が、部屋のあちこちに残っている。まるで、今も帰ってきて「ただいま」と言いそうだった。


 ふと、クローゼットを開けると、奥のほうに白い布のカバーが吊られていた。

指先でそっと触れると、さらりとした質感が伝わってくる。


 ──ウエディングドレス。


 理沙は無意識に、ファスナーを下ろした。

中には、シンプルで気品のあるドレスが眠っていた。

美緒が「これがいい」と笑っていた顔を、思い出す。

──結婚式は、来月だった。


 もう、あの子は歩けない。

バージンロードも、誓いの言葉も、永遠に届かないまま。


「……こんなに、楽しみにしてたのに」


 理沙は、ふと足元に落ちていたスケッチブックを拾った。

中には、美緒の手書きの結婚式のプランが、びっしりと描かれていた。

会場の配置、招待客リスト、ドレスの試着日、演出のメモ。

一ページ一ページが、妹の未来そのものだった。


──なにか、してあげたい。

でも、なにができる?


 ページをめくる手が止まった。

そこにはこう書かれていた。

「お姉ちゃん、当日、絶対泣くと思うけど、それでも私は嬉しいよ。

お姉ちゃんに、花嫁姿を一番に見せたい」


 胸の奥で、何かが崩れた。

涙が、スケッチブックの上にこぼれ落ちる。

「……見せてあげる。ちゃんと……見せるから」

理沙は顔をあげた。

やがて、震える声でひとつの言葉を口にした。


「──妹のかわりに、私が花嫁になる」


 その瞬間、止まっていた時間が、ゆっくりと動きはじめた

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