第7話:共犯の夜
その夜、私たちは眠れずに、ただ黙ってアパートの床に座っていた。
テーブルの上には、コンビニで買ってきた一番安い缶チューハイが二本。そして、その横に置かれた私のスマホの画面には、信じられない金額の数字が表示されていた。
「……どうするの、これ」
私が呟くと、凛火は缶チューハイを一口煽り、何も答えなかった。
どうする、と言われても、わかるはずがない。昨日まで、私たちは日銭を稼ぐのに必死な、社会の底辺にいるただの少女だったのだから。
「警察…来るかな」
「来るだろうな」
凛火の返事は、他人事のように静かだった。
「楽屋にいた連中が、被害届を出せば」
「……」
「お前も、事情聴取くらいはされるかもしれない」
その言葉に、私は息を呑んだ。
警察。事情聴取。そんな、自分とは無縁の世界だと思っていた言葉たちが、急に現実味を帯びて私たちのすぐそばまで迫ってきている。
「凛火は…どうなるの?」
「さあな。正当防衛が認められればいいが…」
凛火はそこで言葉を切り、自嘲するように笑った。
「まあ、俺みたいな奴の言うことなんて、誰も信じないか」
その横顔に、私は今まで見たことのない、深い諦念の色を見た。
彼女はずっと、こうやって生きてきたのかもしれない。誰にも理解されず、誰にも信じられず、たった一人で。
違う。
そうじゃない。
私は、衝動的に凛火の手を握っていた。
驚いてこちらを見る凛火の瞳を、私はまっすぐに見つめ返した。
「私、信じるよ」
「……何をだ」
「凛火が、私を守るためにやってくれたって、私、ちゃんと証言する」
「……お前は、馬鹿か」
凛火は、私の手を振り払おうとした。しかし、私はその手を、さらに強く握りしめた。
「馬かでもいい。でも、凛火が一人で罪を被るのは、絶対に嫌だ」
「……」
「だって…あなたは、私のために戦ってくれたんだから」
私たちの指が、固く絡み合う。
その時、私のスマホが、通知音を鳴らした。
画面に表示されたのは、一件のダイレクトメッセージ。送り主は、あの「名無しのK」だった。
『素晴らしいショーだった。君たちは本物だ。弁護士が必要なら、最高の人間を用意できる。次のステージを、楽しみにしている』
短い文章。しかし、その一言一句に、私たちの運命を弄ぶような、底知れない力が込められていた。
「……どうしよう」
恐怖と、ほんの少しの安堵が入り混じった、震える声が出た。
私たちは、見知らぬ誰かの、巨大な掌の上で踊らされ始めているのかもしれない。
「ねえ、凛火」
「……なんだ」
私は、絡めた指にさらに力を込めて、言った。
「もう一度だけ、やってみない?」
「……正気か?」
「正気じゃないよ。でも、このまま終われない。やっと、世界が私たちを見てくれたんだよ」
そうだ。これはチャンスなんだ。
警察沙汰になっても、この「名無しのK」という後ろ盾があれば、乗り切れるかもしれない。そして、この大金があれば、もっとすごいステージが作れる。
「お願い。もう一度だけ、私のために戦って」
私の瞳に宿る熱狂の色を、凛火は静かに見つめていた。
長い沈黙の後、彼女は、諦めたように、しかしどこか嬉しそうに、こう呟いた。
「……お前は、本当に、馬鹿だな」
その夜、私たちは初めて、共犯者になった。
テーブルの上に置かれた、血の対価とも言える大金が、私たちの契約書だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます