第6話:炎上と熱狂
凛火が男たちを倒した後も、私のスマホは、沈黙した楽屋の様子を健気に配信し続けていた。
画面の向こう側で何が起きているのか、私たちにはまだ理解できていなかった。ただ、視聴者数を示す数字が、現実味のない速度で増え続けている。一万、二万、五万――。
「……何だ、これ」
凛火が、私のスマホを覗き込み、呆然と呟いた。
コメント欄は、私たちの理解を置き去りにして、凄まじい速度で流れていく。
『ガチの放送事故じゃん…』
『警察はまだか?』
『いや、これ演出だろ。だとしたら天才すぎる』
『黒髪の子、マジで何者? 動きが人間じゃない』
『てか、歌ってた子を守ったんでしょ? 尊すぎ…』
『名前なんて言うの? この子たち、推すしかない』
恐怖、困惑、賞賛、憶測。
あらゆる感情がごちゃ混ぜになった言葉の洪水が、私たちの足元に押し寄せてくる。
やがて、誰かが私たちのグループ名と名前を特定し、コメント欄に書き込んだ。
『藍原詩凪と篠森凛火』
『覚えた』
『伝説の始まり』
その言葉は、まるで烙印のように、私たちの目に焼き付いた。
伝説? 私たちが? こんな、薄汚い楽屋で、血と暴力に塗れた、これが?
「……詩凪、配信を切れ」
凛火の冷静な声で、私は我に返った。
そうだ、こんなものを流し続けてはいけない。これは、私たちの手に負えるものじゃない。
私が震える指で画面に触れ、配信終了のボタンを押そうとした、その時。
画面いっぱいに、金色のエフェクトが咲き乱れた。
『名無しのK様から、スーパーギフトが贈られました:¥100,000』
桁を、一瞬見間違えたのかと思った。
じゅ、じゅうまんえん?
呆然とする私の目の前で、再び画面が金色に輝く。
『名無しのK様から、スーパーギフトが贈られました:¥100,000』
『名無しのK様から、スーパーギフトが贈られました:¥100,000』
狂っている。
何かが、決定的に狂っていた。
私たちが一年間、汗と涙を流しても決して手にできなかった大金が、たった数分の、暴力と悲鳴に対して、いとも簡単に支払われていく。
コメント欄の熱狂は、もはや私たちのことなど見ていなかった。彼らは、自分たちが作り上げた「物語」に夢中になっていた。悲劇の歌姫・詩凪と、彼女を守る謎の騎士・凛火。そんなチープで、しかし抗いがたいほど魅力的な物語に。
「切れ!」
凛火の鋭い声が、私の耳を打つ。
私は、弾かれたように配信終了のボタンを押した。
画面が暗転し、世界から切り離される。
楽屋には、静寂だけが残った。
床に転がる男たちの呻き声と、私たちの荒い呼吸の音。そして、私のスマホに鳴り響く、投げ銭の入金を知らせる通知音だけが、非現実的に鳴り響いていた。
私たちは、顔を見合わせた。
凛火の瞳には、深い困惑と、そして、彼女自身も気づいていないであろう、微かな興奮の色が宿っていた。
私の胸の中にも、恐怖と同じくらい強い、甘い痺れが広がっていくのを感じていた。
世界に、見つけてもらえた。
私の歌じゃない。凛火の暴力が。
でも、それでも、よかった。
私たちは、この日、世界に見出されたのだ。
それが、祝福なのか、呪いなのかも知らずに。
ただ、熱狂の渦の中心で、二人きりで立ち尽くしていた。
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