第4話



 昼食に冷凍食品を消費して、手持ち無沙汰な午後が始まった。


 例の如く、僕は半分程度しか食べられず、残りは再冷凍した。居候を決め込む姿勢のハルカは、礼を言うでもなくカップラーメンのストックから一つ適当なものを引っ張り上げて食べていた。面の皮が厚いとは、まさに彼女のような態度の人間を指すのだろう。


 相変わらず、ハルカは僕のベッドの上で寛いでいる。これでは居住地が乗っ取られたようなものだ。僕の部屋だというのに、どうにも居場所がない。ここ数ヶ月何をするでもなく、毎日ベッドの上で放心していたものだから、彼女に占領されている今、その堕落的で非生産的な時間の浪費さえ叶わない。


 そんな僕を傍目に見ながら、ハルカが口を開く。


「祐二さん、趣味の一つもないもんね」


「知っているだろう?」


「ん、まぁね」


 それから数秒の間をおいて、思い出したように「あっ」と声を漏らした。


「一緒に遊ぼうよ」


 遊ぶ? この部屋で、一体何をして遊ぶというのか。隙間だらけのこの部屋で。


「まぁまぁ。……ピッタリなやつがあるんだ」


 顔に出ていたのだろう、物言いたげな僕の表情を見て苦笑いを浮かべながら、彼女はキャリーケースの中を漁り始めた。ちらりと見えたキャリーケースの中身に、僕は眉を顰める。見た目からして高校生程度だろうと予想していたので、その年齢にしては無駄を削ぎ落された荷物に、どことなく違和感を覚えた。衣服一つをとっても、余りに簡素で飾り気がない。……世の中にはそういうものを好む高校生もいるのだろうが、目見麗しい彼女のイメージにそぐわない。


「んー……こっちじゃなかったか」と零し、玄関付近の壁に置かれていたリュックサックの方へ歩いていき、ものの数秒で踵を返してきた。その手には、何かしらが封入されているであろう、白い直方体のパッケージが。


「これこれ」


 いかにも得意気な様子で、それをフローリングに置く。


「それは?」


「ジグソーパズル」


 何とアナログな遊びだろう。


「古臭いとか考えた?」


「いや、そんなことは」


「ならよかった」と、全くそう思っているようには見えない平坦な表情で答えた彼女は、躊躇いもせず箱の蓋を開け、逆さにして全てを乱雑に広げた。じゃらじゃらと音を立て、数えるのが億劫なほどのピースの群れが、フローリングの上を踊る。


 ジグソーパズルを最後にやったのは、もしかすると小学生の低学年にまで遡るかもしれない。裕福な家庭ではあったが、通学距離が長く、両親が共働きということもあり、授業が終わると学校内の学童保育施設に預けられていた。そこにいた多くの子供は、支援員の読み聞かせを聞くか、夕暮れ時の広大で誰もいない校庭を走り回るかの二択だったが、そんな中僕は施設の備品で一人遊びをしていた。

 雑多な玩具が段ボール箱に詰め込まれていて、壁に置かれた本棚には絵本が七割、児童文学書が二割、歴とした小説が一割という感じだった。ジグソーパズルはやはり、段ボール箱の中に乱雑極まりなく放り込まれていて、揃えるべき富士山の絵柄はいくつもピースが欠けていて、どこを探しても見つからなかった記憶がある。だから僕は、ジグソーパズルを何度かやったことはあっても、一度たりとも完成させたことがない。


「これ、ちょっと特殊なんだけど——」


 回想に気を取られていると、ハルカのそんな言葉が聞こえてきた。


「特殊?」


 反射的に口を開く。それから視線をピースに移して、その言葉の意味を思い知った。


「ほら、真っ白」


 彼女が摘まみ上げたいくつかのピースは、確かに純白だった。それは単に絵柄が付いていないのではなく、全体的に絵柄がないことを証明していた。釣られてピースの山に手を伸ばし、雑多に摘まみ上げていくが、やはり全て真っ白だ。


「なんだこれ」


「聞いたことない? ミルクパズルって」


「いや、初耳だ」


「結構面白いんだよ」


 言うが早いか、手慣れた動作で彼女がピースを選び始める。どのようなジグソーパズルであっても、四隅と四辺から埋めていくのは定石らしく、凹凸が少ないものを組み合わせ、順に嵌めていく。


 視線で催促されたので、僕も参加することにした。……だが、予想通り四隅と四辺を埋め終わった(一時間は掛かっただろう)ところで手が止まる。それ以降は手当たり次第に嵌めていくしかない。無謀だ。


「これ、ピースは全部でいくつ?」


 何気ない問いかけに、絶望的な数字が言い渡される。


「千ピース」


「……」


 間違いなく、一日では終わらないだろう。



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