第3話 あの世からのリピーター

 喫茶「虚無」の自動ドアが今日も静かに開いた。静馬はカウンターの中で、いつもの無表情で客を迎える。

 珍野は「未来が詰まったパフェ」をスプーンでつつきながら、眉間にシワを寄せていた。未来が渋滞しているらしい。


 今日の客は全身黒ずくめのスーツを着た、色白で顔色の悪い男。どこか陰気な雰囲気を纏い、店内に入るとフッとため息をついた。


「すみません。ここが、どんな願いも叶えるという喫茶『虚無』さんですか?」


 静馬は無言でメニュー表を差し出した。男はそれをパラパラとめくると、なぜか遠い目をした。


「……なるほど。では、『人生をやり直すコーヒー』を。できれば、今度はもう少し失敗の少ない人生で」


 それを聞いた珍野は思わず食べていたパフェを落としそうになる。


「人生をやり直すだと⁉」


 一方の静馬はやはり何も言わず、ドリップコーヒーを淹れ始めた。しかし、そのカップには、なぜか小さな「人生ゲーム」のルーレットが添えられていた。


「お待たせしました。人生をやり直すコーヒーです。ルーレットで止まったマスから、新たな人生が始まります」


 男は震える手でカップを受け取ると、ルーレットを回した。カチカチと乾いた音がして、針が止まる。


「『就職失敗』……またか」


 男はガックリと肩を落とし、なおもこう続けた。


「すみません……実は私、つい先日、不慮の事故でして……ええ、『あちら』の世界から、無理を言って戻ってきたんです」


 またもや落としそうになった珍野はパフェの器を強く握りしめた。


「あ、あの世から⁉」

「ええ。もう一度、人生をやり直したくて。あっちの受付で、『喫茶虚無なら何とかしてくれる』って噂を聞きましてね。しかし、これじゃあまた失敗の繰り返しじゃないですか……」


 男は絶望の表情でコーヒーを啜った。


「失礼いたしました。当店の『人生をやり直すコーヒー』は、あくまで『スタート地点に戻る』をコンセプトにしておりますので」


 静馬から淡々と告げられた言葉に、男は顔を真っ青にして彼を見上げた。


「では、私、このままではまた同じところで……また、車にはねられるのか⁉」


「それはお客様の運命次第かと。コーヒーとは別料金で『交通安全のお守り(賞味期限付き)』もご用意しておりますが」


 静馬が差し出したお守りらしきものを、男は血相を変えて受け取り、コーヒー代も払わず一目散に店を飛び出す。

 静馬は残された代金を請求するように、無言で珍野を見つめた。珍野は慌てて自分のパフェ代と男のコーヒー代を払い終えると、静かにため息をつく。


「……人生は、甘くないな」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る