第2話 転校生は宇宙人?
静馬は今日もカウンターの中で微動だにしない。喫茶「虚無」の静寂は、時折エスプレッソマシンの駆動音で破られるのみだ。そんな平穏な午後の扉が、勢いよく開いた。
「ハァハァ……すみません、ここがウワサの『虚無』カフェっすか⁉」
入ってきたのは、つんつんの金髪に学ランを着崩した少年だった。息を切らし、額には汗が光っている。まるで、大脱走でもしてきたかのようだ。
いつもの席で静馬が出した「過去の栄光サンド」を黙々と食していた珍野も、思わず顔を上げる。
「ここは喫茶『虚無』ですが、お客様のご注文は?」
静馬の声はいつも通り平坦。それに対し、返答の声は破裂しそうなほど明るい声だった。
「俺っすか? 俺、今日からこの街の高校に転校してきたんすよ! あ、名前は
名など全く訪ねていないが、少年は宇宙井アキラと名乗る。まさかの「宇宙」姓に珍野は噴き出しそうになったが、静馬は微動だにしない。
「それで、宇宙井様は当店で何をご所望で?」
静馬の問いに、宇宙井アキラは目を輝かせた。
「あの! 俺、転校初日で道に迷って、遅刻確定なんす! なんで、『時間を巻き戻すコーヒー』とかありますか⁉ あと、その遅刻をなかったことにする『記憶改ざんマカロン』も!」
珍野が「さすがにないだろ」と呆れる中、静馬は静かにカップを一つ取り出した。
そして、なぜかそのカップに卓上の小さな砂時計の中の砂をサラサラと入れ始めた。
「お待たせしました。時間を巻き戻すコーヒーです。砂が落ちきるまでの間、少しだけ時間軸が揺らぐかと。記憶改ざんマカロンは、本日分の在庫が……昨日、珍野様が『昨日の晩御飯が思い出せない』と全て召し上がられましたので」
突如として名を呼ばれた珍野は、慌てて口に含んでいたサンドイッチを飲み込んだ。
「え、俺そんなこと言ったっけ⁉」
彼の脳裏には、確かに昨夜の献立がぼんやりとしか浮かばない。
そんな珍野を一人置いて話は進んでいく。
「マジすか⁉ じゃあ、この砂が落ちきるまでに走れば間に合うってことっすね! ありがとうございます、静馬さん! それと、隣の客のおっちゃん、ヤバすぎっす!」
宇宙井アキラは砂時計入りのコーヒーを一気に飲み干し、再び猛ダッシュで喫茶「虚無」を飛び出していった。
宇宙井が飲み干した空のカップを無言で片づける静馬の傍らで、珍野は未だに、昨日の晩御飯を思い出そうと、うなるように首をひねっていた。
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