第2話

 人を捜すことが生業だった。元々は探偵だったはずだが、気づいた時は『捜し屋』などという屋号で呼ばれるようになっていた。

 事務所は台東区の下町にある雑居ビルの一室で、一応は探偵事務所という小さな看板を出しているが、飛び込みで客がやって来るということはなかった。

 いつものように誰もいない事務所の鍵を開けて中に入ると、窓を開けて扇風機を回した。クーラーはあるにはあるのだが、三日前に壊れて冷たい風が出なくなっていた。

 事務所といっても小さな部屋に、事務用机と応接用のソファーとローテーブルのセットが置いてあるだけだった。事務机の上には固定電話が置かれていたが、セールスの電話や詐欺電話以外に掛かってきたことが無いため、常時留守番電話になっていた。

 先日、田中と名乗る女性から請け負った依頼は息子を捜し出すというものだった。息子は十七歳であり、昨年末に高校を中退した後、姿を消している。写真で見る限りでは、まだ幼い顔立ちをしてはいるが、女ウケの良さそうなかわいい顔をしており、もしかしたらどこかで年上の女でも捕まえて、ヒモでもやっているのではないかということは安易に想像はできた。そのため、夜の街に関係している何人かの知人に当たってみたのだが、まだ知人たちからの連絡はなかった。

 人捜しというのは、人脈だ。私はそう思っている。人脈があるからこそ、人を捜し出すことができるのだ。その人脈は官憲であったり、裏社会であったりと多岐にわたる。私にあるものは、その人脈だけであり、その人脈があるからこそ、この仕事を続けることが出来るのだ。

 日が暮れるのは遅かった。午後七時になっているというのに、まだ外は明るかった。夜の街に出かけようと事務所を出たが、まだ外の気温は高く、吹く風は熱風だった。

 一軒目は知り合いのやっている個人経営の居酒屋に入った。ここで瓶ビール一本と軽くつまみを腹に入れておく。

 店を出て、二軒目に着く頃になって、ようやく辺りが暗くなりはじめていた。ただ、気温は相変わらず高いままであり、先ほど飲んだビールはほとんどが汗で流れてしまっていた。

 二軒目の店は知人に紹介してもらった店であり、会員制のバーのようなところだった。店は半地下になっており、階段を降りたところでインターフォンを押して、店員に会員証を提示してすると中に案内されるという仕組みの店であり、その手順を踏んだことでようやく店内へと足を踏み入れる事ができた。

 元々はバーだった場所を居抜きで改装しており、カウンターの内側には若い男たちが立っていた。だが、彼らはバーテンダーではなかった。この店は表向きはバーではあるが、男を買う店なのだ。簡単にいってしまえば男娼の店である。カウンターの内側に立つ若い男たちを客は品定めをして、気に入った男がいれば一緒に酒を飲み、店の外へと連れ出すことができるらしい。店から連れ出すには店の許可がいるらしいが、そこから先は本人同士の交渉だという話を聞いていた。

 カウンターの内側に立つ男たちには、色々なタイプがいた。色白で細身のタイプもいれば、ホストか遊び人かといった風貌もいるし、鍛え上げた体を見せつけるように露出の高い服を着ている男もいる。人の好みは十人十色ということなのだろう。客は男女問わずにいた。どちらも身なりがしっかりとした感じの人間が多く、高い会費を払ってこのバーへと足を運んでいるのだということがわかる。

 私は飲み物を聞きに来た黒服にスマートフォンの画面を見せて、捜している青年を見たことがないかと尋ねてみたが、黒服は首を横に振るだけだった。

 別に男娼と遊ぶ趣味がない私はグラスビールを一杯空にすると、そのまま店を出た。ビール一杯で三〇〇〇円だった。入場料を払ったのだと思えば安いものだし、あとで経費として依頼人に申請すればいいだけだと自分に言い聞かせた。

 まだ十七歳の子どもがひとりで生きていくとするならば、どのような手段があるだろうか。そんなことを考えながら次の店へと足を向ける。いまでは十八歳から成人扱いとなるが、親の力を全く借りずに生きていくには厳しいとも思える。日雇いやアルバイトで食いつなぐことも可能かもしれないが、あのお坊ちゃんにはそんなことは到底無理だろう。だから体を売って手っ取り早く金を稼ぐのではないか。そんな安易な考えで会員制のバーへと足を運んでみたのだが、それは空振りに終わっていた。相手はこちらが考えているよりも大人な考えを持った人物なのかも知れない。

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