④
──夢だったのかもしれない。
そう思ったのは、朝、目を覚ました直後だった。
玲奈は天井をぼんやりと見つめたまま、まぶたを開けていた。
昨日のことが、まるでフィルムの焼けた映画のように曖昧で、ところどころ焦げ跡が残っている。
(……なんで、あんなに怯えてたんだろ)
覚えているのは、サナの言葉。
「夜寝る前にLINE見返すクセ、あるでしょ?」
──知ってるだけ。
あの言葉は確かに聞いたはずだ。なのに、サナの表情も声も思い出せない。
「気持ち悪い……」
そう呟いた玲奈は、スマホを手に取った。
すると、ロック画面の通知に、見慣れない名前があった。
『タクマくん♡:今日も会えるよね?』
玲奈はフリーズした。
……え?
スマホを開いてメッセージを確認する。そこには、タクマと玲奈が何度もやりとりした痕跡があった。
デートの約束、送られてくる自撮り、ハートマーク。まるで恋人同士のやり取り。
「なにこれ……私、こんなの……」
──してない。
してないはずだった。
でも画面には、確かに“彼氏と彼女”の形があった。
SNSを開くと、アイコンがタクマとのツーショットになっていた。
「やめて……ふざけないで……!」
玲奈は写真フォルダを開く。
すると──そこにも、“存在しないはずの記憶”が山ほど保存されていた。
遊園地で手を繋ぐ写真。
タクマの部屋でくつろぐ写真。
制服でキスしているプリクラ。
──全部、知らない。
けれど。
「……行ったことがある気が、する……?」
記憶と感情が、ズレる。
体が知っていて、心が知らない。
思わず鏡の前に立った玲奈は、自分の顔を見て震えた。
──頬が、少し赤い。
「嘘でしょ……?」
そのとき、──通知が鳴った。
「……LINE?」
夕暮れの帰り道、制服のポケットに入れていたスマホが震えた。手に取ると、表示されていた名前に眉をひそめる。
【タクマ】
『今日、来て。場所はいつもの。アプリ、見れば分かるよ』
それだけの短いメッセージ。だけど、脳の奥がズキリと反応した。
(いや、行く理由なんて……)
そう思ったのに、足は止まってくれなかった。
数日前から、玲奈はおかしいと思っていた。頭の中に霧がかかっているようで、自分の意思がどこかぼやけている。サナやララが見せた“従順”さを笑えなかった。
──だけど。
──だけど、まさか私も。
(……違う、違うって)
否定しながら、気づけば駅の改札を通っていた。指が勝手にアプリを起動し、ルート案内に従って歩いていた。
まるで、最初からそう決まっていたかのように。
目的地のマンションの前で、玲奈は一度だけ立ち止まった。
──逃げるなら、今。
しかし、足は再び動いた。
インターホンを押すと、タクマの声が優しく響く。
「おっ、来た来た。上がっていいよ」
機械的にエントランスのロックが解除される音。エレベーターに乗り、上階へと運ばれていく間、玲奈は自分の心音がやけに大きく聞こえた。
扉の前。軽くノックをする。
──ガチャ。
「やぁ、玲奈ちゃん。待ってたよ」
部屋の奥から、タクマが笑顔で手を振る。
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