──夢だったのかもしれない。


 そう思ったのは、朝、目を覚ました直後だった。


 玲奈は天井をぼんやりと見つめたまま、まぶたを開けていた。

 昨日のことが、まるでフィルムの焼けた映画のように曖昧で、ところどころ焦げ跡が残っている。


 (……なんで、あんなに怯えてたんだろ)


 覚えているのは、サナの言葉。

 「夜寝る前にLINE見返すクセ、あるでしょ?」


 ──知ってるだけ。


 あの言葉は確かに聞いたはずだ。なのに、サナの表情も声も思い出せない。


 「気持ち悪い……」


 そう呟いた玲奈は、スマホを手に取った。


 すると、ロック画面の通知に、見慣れない名前があった。


 『タクマくん♡:今日も会えるよね?』


 玲奈はフリーズした。


 ……え?


 スマホを開いてメッセージを確認する。そこには、タクマと玲奈が何度もやりとりした痕跡があった。

 デートの約束、送られてくる自撮り、ハートマーク。まるで恋人同士のやり取り。


 「なにこれ……私、こんなの……」


 ──してない。

 してないはずだった。

 でも画面には、確かに“彼氏と彼女”の形があった。


 SNSを開くと、アイコンがタクマとのツーショットになっていた。


 「やめて……ふざけないで……!」


 玲奈は写真フォルダを開く。

 すると──そこにも、“存在しないはずの記憶”が山ほど保存されていた。


 遊園地で手を繋ぐ写真。

 タクマの部屋でくつろぐ写真。

 制服でキスしているプリクラ。


 ──全部、知らない。


 けれど。


 「……行ったことがある気が、する……?」


 記憶と感情が、ズレる。

 体が知っていて、心が知らない。


 思わず鏡の前に立った玲奈は、自分の顔を見て震えた。


 ──頬が、少し赤い。


 「嘘でしょ……?」


 そのとき、──通知が鳴った。


「……LINE?」


 夕暮れの帰り道、制服のポケットに入れていたスマホが震えた。手に取ると、表示されていた名前に眉をひそめる。


【タクマ】

『今日、来て。場所はいつもの。アプリ、見れば分かるよ』


 それだけの短いメッセージ。だけど、脳の奥がズキリと反応した。


(いや、行く理由なんて……)


 そう思ったのに、足は止まってくれなかった。


 数日前から、玲奈はおかしいと思っていた。頭の中に霧がかかっているようで、自分の意思がどこかぼやけている。サナやララが見せた“従順”さを笑えなかった。


 ──だけど。


 ──だけど、まさか私も。


(……違う、違うって)


 否定しながら、気づけば駅の改札を通っていた。指が勝手にアプリを起動し、ルート案内に従って歩いていた。


 まるで、最初からそう決まっていたかのように。


 目的地のマンションの前で、玲奈は一度だけ立ち止まった。


 ──逃げるなら、今。


 しかし、足は再び動いた。


 インターホンを押すと、タクマの声が優しく響く。


「おっ、来た来た。上がっていいよ」


 機械的にエントランスのロックが解除される音。エレベーターに乗り、上階へと運ばれていく間、玲奈は自分の心音がやけに大きく聞こえた。


 扉の前。軽くノックをする。


 ──ガチャ。


「やぁ、玲奈ちゃん。待ってたよ」


 部屋の奥から、タクマが笑顔で手を振る。

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