最終話

“サナちゃん、今日うち来ない?”


文字は軽く、絵文字すら付いていた。

だが、サナの指は微かに震えていた。


(……また来た、タクマから)


嫌な予感しかしない。

でも、“断れない”。


アプリの命令なんて、自分の意志じゃどうにもできないと分かってる。

それでも、足は重く、心は引き裂かれそうだった。


──


「ようこそ~! おかえり、サナちゃん!」


タクマの家の扉を開けると、軽薄な声が出迎えた。

まるで彼女を“常連”として扱うその態度に、背筋が寒くなる。


「おいでよー、もう緊張しなくていいって」


リビングの奥に進んだ瞬間、サナは息を呑む。


「……ララ……?」


そこにいたのは、親友だったはずのララ。

けれど、彼女の表情はどこかぼんやりとして、膝枕されるようにタクマに甘えていた。


「サナ、来ちゃったんだ……」


ララの目がサナを見つめる。

一瞬だけ、昔のララが戻ったような気がして──


「……逃げよう、ここから。あんたも操られてる……私みたいに──」


「えー? やだなぁ、ララちゃん。それ言っちゃう?」


タクマが苦笑まじりに肩をすくめる。


「でも、いいよ。バラされても。だって、さ──」


彼はソファから立ち上がると、スマホを取り出した。


「君たち、可愛いからさ。どっちも彼女にしたいって思っただけなんだよね」


「……最低……!」


「うん、まあ。でもさ、別に“浮気”じゃないでしょ? ちゃんと順番に愛してるし?」


「は?」


「てか、ララちゃんももう分かってるでしょ。サナちゃんも好き。ね?」


ララが微かに笑った。


「……サナ、タクマくんはね、私たちのこと大事にしてくれてるの。変なこと言わないで」


(どうして……)


サナの脳が拒絶を叫ぶのに、口が言葉を出せない。


「んじゃ、今日は──新しい彼女ちゃん、レベルアップさせるね」


タクマがスマホを操作する。


「今まで“好感度パラメータ”ってロックされてたけど、やっと解除できたから。今から一気に100!」


「ちょ、やめ──」


「はい、ポチッとな♪」


サナの頭がズキリと痛む。

視界がぼやけ、身体がふらつく。


「いった……なにこれ……」


「うん、効いてる効いてる。サナちゃん、すっごく可愛くなったよ?」


タクマが顔を覗き込んできた。


「なに……して……っ」


「なにって、ただ好きな子を彼女にしてるだけだよ?」


その軽さが、逆に恐ろしい。


「ほんと、君もララちゃんも……可愛いよな~」


(……やだ……こんなやつに……)


「ねえ、サナちゃん。俺のこと、好き?」


「……!」


サナの唇が、小さく震える。


「わかんない……わかんないよ……!」


「あー、それね。最初みんな言う。でもね──そのうち自然と、“好きになってる”んだよ」


その言葉に、サナは目を閉じた。


頭の中に浮かぶ、ララと笑いあった日々。


けれど今、目の前でララは──


「タクマくん、ご飯食べた?」


「お、気が利くじゃん! うちの彼女たちはほんと優秀だな~」


サナの中で、何かがゆっくりと沈んでいく。


自分も、きっと──同じように、“なっていく”。

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