書庫の隣の秘密の部屋
作業3日目。
「あの、書庫とか貸してもらえませんか?」
城に着くなり、俺はアライダに尋ねた。
「書庫ですか?」
「はい、俺は動物を手懐ける以外の魔法はからっきしなので、ちょっと魔法陣とか魔術書が必要なんですよ。」
そう説明すると、アライダは特段怪しむことなく、うなずいてくれた。
「わかりました。ご案内しますので、こちらへどうぞ。」
というわけで、ドナはダンジョン製造の続きを行い、俺は城内の書庫で調べ物となった。
「お戻りになる時に、またお声かけ下さい。戸締りをしますので。」
アライダはそう言い残し、書庫から出て行った。
「……とりあえず、基本情報から調べるか。」
俺はまず、この城の位置関係と成り立ちについて書かれた本を探した。
大体、人間だろうが魔人だろうが、書庫には自国の伝記のようなものはある。
「あった。」
予想通り、この国の成り立ちを記したものがあった。
だが、手書きの自叙伝のようなものだ。
「出版はされてないってことか。」
俺は書庫内に置いてある椅子を拝借すると、その自叙伝を読み始めた。
それによると、ここは昔は人間の領土だったところを、戦争の末、あの魔王バルタザールが勝ち取って、魔獣や魔人が住む土地へと変えたらしい。
バルタザールの生い立ちははっきりしないが、妃のカリーナはどうやら魔界からやってきたクチらしい。
魔界については、詳しいことはわかっていないが、俺達人間が住む世界とは別世界で、時々魔人や魔獣がやってきては、人に危害を加えたり、こうして国を作ったりする。
一方で、魔法や魔術は、魔界のエネルギーの残滓という説もあり、魔界があるからこそ、俺達は魔法を使えるとも言われている。
いずれにせよ、魔界出身となると、相当な力の持ち主と思われる。
多分、まともに戦ったら、俺では勝てない。
「だが、そうなると、どうにも気にかかるな。」
このレベルの魔王に、隠さなければならない弱点があるとは思えない。
やはり何かあるのかもしれない。
その後、他にも何かないか調べてみたが、目ぼしい成果はなかった。
「やっぱり、そんなにわかりやすいもんがあるわけ……」
その時だった。
部屋の片隅にぽつんとある扉が、俺の目に入った。
「……隣に部屋があるってことは、分室か?」
城によっては、書庫に分室があったりする。
やや貴重な本や珍しい本などが、そちらに保管されていることが多い。
「鍵、開いてるかな?」
ノブに手をかけると、ドアはあっさりと開いた。
ラッキーだ。
「何かいい本な~いか……な、ぁ。」
そこは書庫の分室ではなかった。
中はさながら牢屋のようで、家具も机も置いてない、殺風景な部屋だった。
部屋の真ん中には台が置いてあり、その上に小さな箱が置いてある。
「……」
俺は口をつむぎ、足音を忍ばせて箱に近づいた。
下手に声を出したり物音をたてれば、アライダに聞こえてしまうからだ。
箱は俺の両手に収まる程度で、深さも全くない。
どうも、魔力で封印されている形跡もないし、探知系の魔術がかけられている気配もない。
これは開けてみるしかない。
「……っ!」
俺は思わず声をあげそうになった。
そこに入っていたのは一枚の紙。
絵というには、やけにリアルな画像。
一糸まとわぬ姿の魔王バルタザールとアライダが、その絵の中で絡み合っていた。
「……やべぇ。」
書庫に戻った俺は、椅子に腰を下ろしながら、つぶやいた。
あの魔王、秘書とやっちまったのかよ。
美人秘書と、あんなことやこんなことを……いや、ありがちすぎるだろ。
別に根拠があるわけではない。
だが、ダンジョンに隠したい魔王の弱点とは、あれに違いないという確信が、俺の中にはあった。
いや、わかるよ?
魔人と人間の違いはあれど、同じ男だからさぁ。
でも……
いや……
やっちまったなぁ、あの魔王。
「調べ物はいかがですか?」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
いつの間にかアライダが背後に立っていて、俺は座っていた椅子から転げ落ちた。
「どうされました?」
アライダが怪訝そうな顔をしている。
「いや……すみません……集中してたもので、急に声をかけられて、びっくりして……」
俺は息も絶え絶えに弁解した。
マジで、心臓が止まるかと思った。
その後、偽装でいくつかの魔法の調べ物をして、俺はダンジョンの現場へ戻った。
「あっ、お帰り。魔法は見つかった?」
ドナが俺を見つけるなり、尋ねてきた。
これは合言葉で、魔法=手がかりという意味だ。
アライダ対策に、事前に示し合わせてある。
「ああ、大収穫だった。魔王の城の書庫は、一味違うぜ。」
俺は多分、引きつった顔をしていたんだろう。
ドナが不思議そうに顔を覗きこんできた。
「そんなに、大収穫だったの?」
「ゲロ吐きそうなくらい、大収穫だったよ。」
俺の返答に、ドナは若干不安そうな顔になった。
だが、これ以上はバレかねないので、続きは製造所に帰ってからだ。
「それより、ダンジョンの製造のほうはどう?」
俺が水を向けると、ドナがすぐそこの入り口付近を指さした。
「中はほぼできたよ。これから、壁や通路を固めにかかるところ。」
「固める?」
元々岩でできた洞窟なのに、何を固める必要があるんだ?
「この洞窟、石灰質が多い岩でできてるから、脆いんだよね。ほら、全体的に白っぽいでしょ?」
そう言えば、初日にドナがそんなことを言っていた。
「もしかして、すぐ崩れるとか?」
「そこまでじゃないんだけど、強力な攻撃魔法とかだと、ダンジョンの壁や道を壊されて、一気に踏破される危険性があるの。」
ああ、なるほど。
いくら魔獣を配置しても、壁や道を壊されたら、元も子もないということか。
「それで、掘り出した岩を使って、“こんくりーと”を作るの。それを全体に塗って、強度を上げるわ。」
「こんくりーと?」
また、聞いたことがない言葉だ。
「これも元は異世界の言葉が語源らしいけどね。石灰岩に、製造所から持ってきたこの薬剤を混ぜて、焼いて、砕いて土と水と混ぜるの。」
それで強度が上がるのか。
ど素人の俺には、まったくわからん。
「まぁ、見てて。」
ドナは外に掘り出した岩を、まずはハンマーで片っ端から砕き始めた。
そこに、製造所から持ってきた、俺には何かわからない粉や薬剤を混ぜる。
「それじゃあ、いくよ!」
ドナがそう言った、その時だった。
ハンマーに書かれた呪文と思しき文字が光り始めた。
「よーいしょ!」
その状態でドナがハンマーを振り下ろすと、岩と薬の混合物が、一気に燃え上がった。
そして、灰色の大きな一つの塊となった。
「今の、魔法か?」
俺が尋ねると、ドナが得意げにうなずいた。
「そうだよ。あたしは岩や土は、生まれつき魔法で自在に操れるけど、その他はシリルと一緒で、呪文や魔法陣がないと使えないからね。即興で必要になりそうなものは、いくつかこのハンマーに書き込んであるの。」
つまり、魔法の杖の代わりってことか。
「それで、この灰色の塊をどうするんだ?」
「もう一回砕く。」
ドナがハンマーを振り下ろすと、瞬時に塊は粉々になった。
「で、水と土を混ぜる。」
今度は、ハンマーが青く光り、叩いた瞬間に粉がずぶ濡れになった。
さらに地面が叩き起こされ、そのまま土と混ざって泥状になった。
「で、これをダンジョンの岩に塗れば、完成。」
「塗るって、どうやって?」
中は結構広いのに、それを全部塗るのは骨が折れそうだが。
「ああ、大丈夫。」
ドナはそう言うと、再びハンマーを泥に突っ込み、持ち上げた。
すると、かなりの体積の泥が、全てハンマーにくっついて持ち上がった。
「すご……」
俺は感心して見るしかない。
「じゃあ、塗るよー!」
ドナはそのままダンジョンの中に駆け込むと、思い切り地面に泥の塊を打ち付けた。
瞬間、泥は地面や壁に広がり、全体の10分の1くらいが、綺麗に塗りたくられた。
「これを繰り返せば、完成。」
「……すげー。」
これは本当に出る幕がない。
とりあえず、俺は帰る準備だけはしておこう。
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