【パートナーとの出会い】(1991年/11歳)

第31話『男の名はスズキ』

父サクダーが「最高の家庭教師を見つけた」と豪語してから、数日後のことだった。

その男、スズキと名乗る人物は、約束の時間きっかりに、ウォンラット家の呼び鈴を鳴らした。


リビングに通された男を見て、俺は内心で、父の行動力を評価した。

年は四十歳。温厚そうな笑顔を浮かべてはいるが、元商社マンだというその経歴は、鍛えられた体つきと、時折見せる鋭い視線に隠しようもなく滲み出ている。リラックスした麻のシャツを着こなしているが、その下に隠された知性と野心は、俺の目には明らかだった。


父が、自慢の息子を披露するように、俺を紹介する。

「こちらが息子のウィンだ。見ての通りまだ子供だが、少しばかり、知識欲が旺盛でな。スズキさん、彼に生きた英語と、そして日本の商習慣を叩き込んでやってほしい」


「スズキと申します。ウィッタヤー君、よろしく」

男は、にこやかな笑顔で、深々と頭を下げた。

その物腰は柔らかく、一見すれば、悠々自適の生活を送る、人の良さそうな人物にしか見えない。


俺は、席から立ち上がると、子供らしく、しかし深々と頭を下げ返した。

「ウィンです。スズキ先生、どうぞ、よろしくお願いします」


言葉を交わし、握手を交わす、その一瞬。

俺は、目の前の男の本質を、直感で見抜いていた。


笑顔。だが、その目は笑っていない。

柔和な物腰。だが、その奥には、一切の隙がない。

俺が差し出した手を握る、その力強い感触。


何より、彼の瞳。

俺という十一歳の少年を、単なる「生徒」としてではなく、まるで交渉相手を値踏みするかのように、その鋭い眼光が一瞬、俺の全身を舐めるように走ったのを、俺は見逃さなかった。


間違いない。

こいつは、只者じゃない。

大企業の最前線で、幾多の修羅場を潜り抜け、人間の欲望と駆け引きの海を泳ぎ切ってきた男の「気」を、この男は隠しきれていない。

橘正人として生きてきた四十五年間の経験が、俺にそう告げていた。


「素晴らしい日本語だね、ウィン君」

スズキは、表情を変えずに言った。


「ありがとうございます。本を読むのが好きなだけです」

俺もまた、子供の笑顔の仮面を完璧につけて、そう答えた。


面白い。

父が連れてきたのは、退屈な教師ではなかった。

俺の野望の駒となるか、あるいは、俺の前に立ちはだかる敵となるか。

いずれにせよ、この男は、俺の二度目の人生における、重要なキーパーソンになる。


俺は、目の前の男に、最高の笑顔を向けた。

その瞳の奥に、四十五歳の男の、冷徹な評価の目を隠しながら。


父が満足げに頷き、俺たち二人を残して部屋を出ていく。

ドアが閉まり、リビングが静寂に包まれた時、俺とスズキは、互いの腹を探り合うように、静かに見つめ合っていた。

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