第15話『名前のない感情』

ピムの足の怪我以来、俺たちの間には、微妙な変化が生まれていた。

以前のような、むき出しの敵意や張り詰めた空気は薄れ、代わりに、時折お互いを気遣うような、そんなやり取りが生まれるようになった。


学校の帰り道、足を引きずるピムの歩調に合わせて、俺は自然と歩くスピードを緩めるようになった。彼女が困っていれば、さりげなく手を貸す。そんな些細なことだが、以前の俺たちには考えられないことだった。


リビングで一緒に宿題をする時も、以前のようにいがみ合うことはなくなり、時折、分からない問題を教え合ったりするようになった。もちろん、お互いのプライドがあるから、表面上は素っ気ないやり取りなのだが、その根底には、以前とは違う、穏やかな感情が流れているのを感じる。


マークルックの勝負も、本気で戦うことは変わらないが、以前のような勝ち誇った態度や、負けて悔しがる感情は、お互いになくなっていた。勝っても負けても、「次は負けないからな」と、軽く笑い合う。そんな関係に、いつの間にか変わっていた。


ある日の午後、庭のブランコに二人で座って、ぼんやりと空を眺めていた。

特に話すこともなく、ただ時間が過ぎていく。

沈黙は、以前なら気まずいものだっただろう。だが、今の俺たちにとっては、心地よいものだった。


ふと、ピムが口を開いた。

「ねえ、ウィン」

「ん?」

「あなたって、時々、すごく大人みたいになるよね」


その言葉に、俺は少しドキッとした。

四十五歳の魂が、ふとした瞬間に顔を出してしまうのだろうか。


「そうかな? 別に、普通だと思うけど」

俺は、平静を装って答える。


ピムは、じっと俺の横顔を見つめていた。

「ううん、違う。たまに、私たちが知らないことを知っているような顔をする。それに……優しい時がある」


優しい、か。

前世の俺は、そんな言葉とは無縁の人間だったように思う。

だが、ウィンの体を通して、ピムと接するうちに、俺の中に確かに、今まで感じたことのない感情が芽生えている。


それは、ライバルに対する敬意なのか。

妹に対する兄のような情なのか。

それとも……


俺は、言葉に詰まった。

その感情に、まだ名前をつけることができなかった。


ピムは、俺の返事を待つことなく、ブランコから立ち上がった。

「もうすぐ雨が降りそうね。部屋に戻りましょう」


空を見上げると、いつの間にか、空には厚い雲が広がっていた。

パラパラと、雨粒が落ちてくる。


二人で屋敷に戻るまでの短い間、俺は自分の心の中で渦巻く、この得体の知れない感情について考えていた。


それは、間違いなく、これまでの人生で経験したことのないものだ。

ピムと過ごす時間の中で、少しずつ、だが確実に育まれてきた、特別な感情。


それは、まだ小さく、曖昧で、名前のない感情。

だが、いつかきっと、俺にとってかけがえのないものになるだろうと、そんな予感がしていた。


雨は、次第に強さを増していく。

濡れた地面の匂いが、鼻腔をくすぐる。

俺は、隣を歩くピムの背中を、そっと見つめていた。

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