第14話『保健室の午後』
体育の授業でのことだった。
今日はバスケットボール。普段はインドア派の俺だが、ウィンの身体能力は意外と高く、ドリブルやシュートもそれなりにこなせた。だが、やはり運動神経抜群のピムには敵わない。コートを縦横無尽に駆け回り、次々とシュートを決めていく彼女は、まるで小さな野生動物のようだった。
そのピムが、ゴール下で相手チームの生徒ともつれて、バランスを崩した。
着地の際に、彼女の足首が不自然な方向にぐにゃりと曲がったのを、俺はすぐ近くで見ていた。
「きゃっ!」
小さな悲鳴と共に、ピムはその場に倒れ込んだ。
すぐに体育教師が駆け寄り、彼女の状態を確認する。顔を歪めて足首を押さえるピムを見て、俺は反射的に駆け寄っていた。
「大丈夫か?」
俺が声をかけると、彼女は痛みに顔を歪めながら、それでも強がって見せようとした。
「だ、大丈夫よ! ちょっと、躓いただけだから!」
だが、その声は明らかに震えている。
教師が彼女を抱き起こそうとするが、ピムは顔をしかめて動けない。
「無理に動かさない方がいいでしょう。捻挫かもしれません」
俺はそう進言した。前世で、工場の従業員の怪我には何度も立ち会ってきた。応急処置の知識くらいはある。
結局、ピムは俺が背負って保健室まで運ぶことになった。
体育教師は他の生徒たちの対応で手が離せないらしい。
背中に感じる、彼女の軽い体重と、時折漏れる小さな呻き声。
普段はあれほど強気な彼女が、今はただ痛みに耐えている。その姿に、俺は不思議な感情を抱いていた。
保健室のベッドに彼女を寝かせ、保健医が到着するまでの間、俺は氷嚢(ひょうのう)を作って彼女の足首に当ててやった。
「……ありがとう」
しばらくして、ピムが小さな声で呟いた。
顔はまだ少し蒼いが、さっきよりは落ち着いたようだ。
「別に。たまたま近くだったから」
俺は、素っ気なく答える。照れ隠しだった。
二人きりの静かな保健室。
普段は何かと張り合っているピムが、今はただの弱い女の子に見えた。
強がりな言葉の裏に隠された、痛みと不安。それを思うと、胸の奥が締め付けられるような、不思議な感覚に襲われる。
「痛い……?」
我ながら、間の抜けた質問だった。
ピムは、少しだけ唇を尖らせた。
「当たり前じゃない……」
そう言いながらも、彼女の表情はどこか安心しているようにも見えた。
保健医が到着し、ピムの足首を診察した結果、やはり軽い捻挫とのことだった。しばらくは運動を控えるように言われ、彼女は少しだけ落ち込んだ様子を見せた。
帰り道、俺はピムの歩くのをゆっくりと支えながら家路についた。
いつもは互いに牽制し合うような、張り詰めた空気が二人を包んでいるのに、今日はその代わりに、ほんの少しだけ、優しい空気が流れている気がした。
夕焼けが、二人の影を長く伸ばす。
言葉は少なかったけれど、その沈黙は決して気まずいものではなかった。
家に着き、ピムを彼女の部屋まで送り届けた時、彼女は振り返って、ほんの少しだけ、にかっと笑った。
それは、いつもの勝ち気な笑顔とは違う、もっと素直で、感謝に満ちた笑顔だった。
その笑顔を見た瞬間、俺の胸の奥に、今まで感じたことのない、温かい光が灯ったような気がした。
この感情は、一体何なのだろう――
まだ、その答えを見つけるには、もう少し時間が必要だった。
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