第6話 それが友達の作り方

 二周目の私――氷空塁音は周りの変化に敏感だった。

 基本的に二周目の時間は一周目と同じように流れていく。授業の内容も、教室の雰囲気も、クラスメイトの人間関係も、全て同じ。全て私の知るように進んでいく。一周目をなぞるように進んでいく。


 私はそれがたまらなく嫌だった。


 だって同じということは何もしなければ一周目と同じ結末を迎えてしまうから。だから私は変化を期待していた。一周目と違う行動を取る人がいないか監視していた。


 そんな時だった。

 不動時雨くんの変化に気づいたのは。


 初めは普通だった。一周目と同じようにクラスの中心グループに所属して、明るく楽しそうに振る舞っていた。しかし途中から髪型が変わって、雰囲気が変わって、一人でいる時間が増えているようだった。

 そこで私は彼を徹底的にマークすることにした。

 なぜ行動が変化したのか、その秘密を探るために。

 そしてあわよくば聞き出そうと思った。二周目の人生で変化できなかった私が、今度こそ変われる方法を。

 

 それから私は彼を観察した。どうやら彼は私を避けているみたいだった。視線を送っても目すら合わせてくれないし、近づいたら飛び上がるように驚いてどこかに行ってしまう。

 流石にここまで避けられるのはおかしいと思った。何か裏があるんじゃないかと思った。

 そこで私はある仮説を立てた。

 

 もしかしたら彼も二周目の人生を送っているのではないか、と。


 だとしたら居ても立っても居られなかった。

 私はすぐに手紙を書いた。口頭で話しかけるのは恥ずかしくてできないから、手紙で屋上に呼び出した。そしてあえて揺さぶるようにカミングアウトした。


 ――私、二周目なんです。と。


 しかし彼は動揺したものの、自分も二周目だとは口にしなかった。むしろ私の発言を疑っているようだった。

 思ったような成果は上げられなかったけど、でもそこまで焦りはなかった。なぜなら彼は一周目の世界で私に告白をしてくるからだ。それで判断することができる。

 告白をしてくるということは一周目の結果を知らない――つまり私の仮説は間違っていたということになる。

 そして告白してこないということは一周目の結果を知っていて、結果が分かるからこそ別の選択を選んだということになる。

 つまり告白を回避することが、彼が二周目を生きている何よりの証拠となるのだ。

 だから私は彼が告白してくるのを待った。一周目では席替えの後告白されたので、今日されるのは確実だと思う。

 しかし永遠にその時間は訪れなかった。我慢できなくなった私は再び手紙で彼を呼び出した。そして言った。


 ――どうして告白してこないんですか!


 学校でこんなに大きな声を出すのは初めてだった。こんなに声を荒げるのも、こんなに不満が溜まったのも初めてだった。

 告白されるはずなのに一向に告白してこない。そんな状況にここまで感情が揺さぶられるとは思わなかった。


 ――ムカつく。


 無性に腹が立った。しかも彼は私のことを微塵も好きじゃないとか酷いことを言う。

 そんなことを面と向かって言われたのは初めてだからショックだったけど、同時に一周目とは違う展開になっていることに気づいて嬉しくなった。

 だから私は調子に乗った。調子に乗って思ったことをなんでも言った。楽しかった。初めて学校で楽しいという感情を抱いた。不思議だった。

 私はすぐにその理由に気づいた。彼は同じ境遇だからだ。私は二周目で、彼も二周目だからだ。共通点があったからこんなに楽しかったのだと気づいた。

 でも彼は頑なに認めなかった。告白してこないということは彼も二周目のはずなのに、どうしてその事実を認めないのか。


 私は次の日から彼への観察を徹底することにした。一瞬たりとも目を離さない。そんな覚悟でひたすら彼のことを見つめた。見つめた上で話しかけてほしいオーラを出した。それはもう分かりやすく、盛大に。


 なのに彼は声をかけてくれなかった。ムカつく。

 昨日はあんなに会話をしたのに、今日は一度も話していない。目が合ってもすぐに逸らされてしまう。これでは昨晩シュミレーションしたやりとりができない。せっかく円滑なコミュニケーションができるように何度も練習重ねたのに。頭の中の彼と会話したのに。

 ムカつく!


 ――あんなに仲良くなったのに、どうして話しかけてくれないの⁉︎


 イライラした私は昼休みに逃げた彼を追いかけた。追いついて、追い詰めて、そして言った。


 ――この一週間で、絶対にあなたに告白させてやるんだから!


 自分でもなぜこの言葉が出てきたのか分からない。気がついたらそう口にしていたから。

 それでもこの胸の内に秘めていた感情は分かる。


 きっと私は友達になりたかったんだ。彼と友達になりたかった。


 だけど面と向かって友達になってくださいなんて言えるわけがない。高校三年間友達ゼロだった私にそんなこと言えると思う?

 絶対無理。無理に決まってる。だからまずは彼に告白してもらうことにした。


 ――ごめんなさい。まずはお友達から始めましょう。


 このセリフだったら言えるから。恥ずかしがり屋の私でもこれなら言える。

 だから私は彼に求める。


 ――早く告白して、と。


 それだけが私が友達を作れる唯一の方法だから。

 

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