第45話 孤独じゃなくなった一条渚は髪を切る

 私はぼっちだった。

 父は女を作って家から出て行った。

 あんなに怖いと思っていたのに、あんなに嫌いだったのに、父のいなくなった家が広すぎて寂しかった。


 私は遊びで標的を選んでイジメていた。イライラしてたからとか、ムカつくからとか、そういう理由じゃなくて、孤独になりたくなかったから誰かをイジメていた。


 私は決して面白い話ができるわけでも、お金を提供できるわけでもない。だから面白い遊びを提供するしかなかった。


 誰かを傷つける。そしたら友達は笑うのだ。笑ってくれている時だけは友達でいてくれるような気がした。だから私は頑張って誰かを陥れて人を笑い者にして、自分が孤独にならないように頑張った。


 私が頑張った結果。

 誰かが傷つき、そして革命が起きた。

 学校のカースト制度がひっくり返る出来事があったのだ。

 今まで先生にバレても見てみぬフリだった。

 なのに教頭にバレて、……いや、バレたんじゃなくて誰かがチクったのだ。


 何度も何度も取り調べみたいなモノがあった。

 チクった相手を標的にしようと思ったけど、教頭だけではなく、PTAも動いて、毎日入れ替わりに父兄が授業も休み時間も監視するようになって身動きができなくなった。


 それに私がイジメの主犯であることを学校はわかっているみたいで、ずっと私のことを監視していた。


 友達だと思っていたクラスメイト達は、私が喋りかけると気まずそうにするようになった。

 そして私を避けるようになった。

 私は完全にぼっちになってしまった。


 

 母親が出て行ったのは、前に住んでいた家のことだった。世界で唯一の味方だと思っていた母が出て行って、私は裏切られたと思った。

 それと同時にお母さんは私のことを絶対に絶対に絶対に迎えに来てくれると思っていた。

 だけど母と住んでいた家から、別のマンションに引っ越した。

 お母さんは、この家のことを知らない。

 世界が真っ白になるくらいの絶望だった。


 だけど一度だけ母親の手紙が届いた事があった。

 父親が郵便受けから持ってきた手紙を睨み、「またか」と呟いた。

 苗字が変わっていたけど下の名前は母だった。別れて旧姓に戻ったんだろう。母は完全にこの男から逃げ切ったのだ。


 もしかしたら、その手紙の中には私を返してほしい旨が書かれていたのかもしれない。

 だけど父親はその手紙を開封する前に復元不可能なぐらいビリビリに破って捨てた。


 捨てる前に咄嗟に手紙に書かれていた住所を暗記した。

 その住所はノートの隅に書いて保存した。

 だけど咄嗟の出来事だったから最後ら辺が曖昧だった。

 もし次に手紙が来た時は完璧に覚えようと思っていた。

 だけど、もう2度と母親からの手紙は届くことはなかった。



 そして中学3年生になり、父親も出て行って、友達も離れて、私は完全なぼっちになってしまった。


 ぼっちでも病気はする。

 その年に流行ったウイルスにかかって熱が40度ぐらい出てしまった。

 部屋で1人。

 助けてくれる人はいない。

 本当に死ぬんじゃないか、って思った。でも、こんな人生、別にいいか、とも思えた。だけどしんどい。


「お母さん」と私は呟いた。

 母親はいない。

「お父さん」

 アイツがいても助けてなんてくれない。


 不意にムカつく奴の顔を思い出した。

 金木ハイジ。

 小学生の頃の標的。でも私を殴った奴。

 七瀬とも仲が良さそうだった。

 もしかしたら七瀬を助けたのはアイツかもしれない。

 アイツならやりそうだな、と私は思った。


「私のことも助けてよ」

 と呟いたら涙がボロボロと溢れ出した。

 私は誰にも助けてはもらえなかった。 


 流行の病が治ると私はノートの隅に書いて保存していた住所を探索することにした。

 母親に出会えるかもしれない、と思ったのだ。

 だけど知らないオジサンに襲われそうになって怖かった。

 交番に入ろうと思ったけど、自分に家族がいないから入れなかった。

 迎えに来てくれる家族に連絡するように、と警察官に言われたらどうしよう? と思ったら誰にも助けを求められなかった。


 スーパーに入って変態に襲われることは避けれたけど、母親が住んでいる場所に怖くて行けなくなりそうだった。


 自分で言うのもなんだけど、美しい顔を隠すために髪を伸ばした。

 顔を隠したことで2度と変態に追いかけられることはなかった。


 私はどこでも1人だった。

 だから手遊びに折り紙を折るようになった。

 昔、母親と折り紙で遊んでいた。懐かしい記憶を思い出すように折り紙を折った。

 難しいのに挑戦すれば、その時だけ目の前のことに夢中になれて孤独を忘れることができた。



 金木ハイジと同じ高校に行くつもりはなかったけど、たまたま同じ学校だった。

 教育費や生活費は祖父母が出してくれた。


 もう私は誰かをイジメることはなかった。人をイジメても最終的には孤立することがわかっていたからだ。

 イジメはしない。だけどイジメられた。


 その高校には、たまたま小学生の頃にイジめていた女子もいて、私はイジメの対象になってしまった。


 自分がイジメられてわかったことは、イジメられている側でも孤独から逃げれること。

 イジメられている時だけ誰かの中心にいられる。

 

 金木ハイジが部活を作ったらしい。

 イジメていた人物が2人もいる部活。

 イジメられたい、という思いがあった。誰かの中心になりたい、という思いがあった。

 それに金木に対して、「私も助けてよ」っていう思いもあった。


 部活に入って気づいたことは金木ハイジは誰かを助けるヒーローではないということ。自分の作品に夢中で取り組んでいるということ。その一環として誰かを助けることもある、という印象に変わった。

 

 部活に入っても金木にも七瀬にも私はイジメられることはなかった。

 その部活は何を創作してもよかった。

 だから私は折り紙ではなく、ダンボールで創作するようになった。

 キリンを作ったり、象を作ったり、カバを作ったり。

 眷属を増やしている気分。

 みんな生きていて私のそばにいてくれたらいいのに。

 家に持って帰ってリビングに置いていたら孤独じゃなくなるんじゃないか、と思ったけど、やっぱりただのダンボールでゴミの日に捨てることになった。


 もっとリアルだったら? もっと魂を込めて作れば? どうやったら私は1人ぼっちじゃなくなる? 

 どれだけ頑張っても私の孤独を埋めるモノは作れなかった。夢中になっている時だけ、1人ぼっちじゃなくなった。それだけ。



 金木のせいで私はイジメられなくなってしまった。

 また孤独になってしまいそうだった。

 だから、その穴を埋めるように金木に迫って家に連れて来た。

 彼は私の頭を撫でてくれた。

 ただ撫でてくれた。


 私は誰かに優しくされたかったらしい。

 私は誰かと触れ合いたかったらしい。


 金木は私と一緒にお母さんを探してくれるようになった。

 そして彼は本当にお母さんを見つけてくれた。

 母親の家の近くに来た時に電話で母親を呼び出した。


「渚」

 と誰かが私を呼んだ。

 その声は、はるか昔に聞き覚えがある声だった。

 私は立ち止まり、声が聞こえた方を見た。

 街灯の明かりに照らされて、1人の女性が立っていた。


「渚? 渚なのね」


「誰?」

 と私は隣にいた金木に尋ねた。


「お前のお母さん」

 と金木が言う。


 お母さん?

 私を置いて出て行ったお母さん。

 ずっと探していたお母さん。

 私のことを迎えに来てくれなかったお母さん。

 会いたかったお母さん。


「お母さん?」


「渚?」


 お母さんは記憶よりも白髪が多かった。

 だけど肌には傷も無いし、痣もない。


 あぁ、お母さんだ。


「おがあさぁん」

 と私は母親に近づいて行く。

 

 長いこと迷子になって、ようやく母親を見つけたのだ。


「ごめんね、ごめんね」

 とお母さんは謝り、私を受け入れるようにギュッと抱きしめてくれた。


「私、寂しかったんだよ」


「ごめんね」


「お母さんがいなかったら、ずっと探してたんだよ」


「ごめんね」


「お母さん」


「お母さんも渚のことを1日も忘れたことなんてなかった」

 と母親が泣きながら呟き、私を抱きしめた。



 気づいた頃には金木はいなかった。



 お母さんにはいっぱい聞きたいことがあった。

 私をどうして置いて出て行ったのか? どうして迎えに来てくれなかったのか? 気まずくて聞けないと思ったけど、お母さんの家でお茶を入れても飲んでいる時に母から父親はどうしているのか? について聞かれて、そこからお母さんの事情も聞けた。

 

 お母さんは父親と離婚できたけど親権は持っていかれたこと。何度も私宛に手紙を送ったけど弁護士から手紙も禁止されたこと。

 そして母親は1人ぼっちになったこと。

 私が世界のどこかで泣いていないか、ずっと心配だったこと。

 そんな事を話した。


 父親が出て行ったことを聞いたお母さんは、親権を奪い返すために家庭裁判所に申し立ててくれるらしい。そして親権がお母さんのところに移ったら一緒に住むことになった。

 私は孤独じゃなくなる。



 多目的ルーム2。

 七瀬うさぎが洋裁をしている。

 宮崎いすずは分厚い本を多目的ルーム2の隅っこで読んでいた。

 私は七瀬うさぎに近づいて行った。

 彼女が私に気づいて顔を上げる。

 彼女の目には昔のように怯えのようなモノはなかった。

 七瀬うさぎに真っ直ぐな目で見つめられた。


「あの」

 と私が声をかける。


「なんですか?」

 と彼女が尋ねた。


 七瀬うさぎの目を見るのが少し怖くて、私は床を見た。


「髪、切ったんですか?」

 私が声をかけたのに、彼女に質問された。


 私は前髪を触って、「うん」と頷く。

 お母さんに出会ったのだ。

 もう彷徨う必要はない。だから前髪をばっさり切って顔を出していた。


「あの……」


「はい」


「ごめん」


「なにがですか?」


「中3の時にイジメて」


「許しません」


「……そうだよね」


「嘘です。もう許してます」


「……ありがとう。ごめん。……私、すごく嫌な奴だった」


「そっちの髪型の方が可愛いですよ」

 と七瀬うさぎが言って笑った。



 孤独じゃなくなったらダンボールで動物を作っているのがバカらしくなった。

 だけど何かを作りたい衝動はあった。

 だから好きなものを作ろうと思った。

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