第3話 小説を書くために部室を借りているだけの部

 高校を入学したらバイトを始めた。

 母親と妹の3人暮らし。

 夜遅くまで母親は働き、妹は学校が終わってから家事をする。


 そしてぼくは部活にバイト。

 家に帰って来ると、また小説を書く。

 書いていない日は、息をするのも忘れるぐらいに本を読み、マネキンのように動かずにネット番組でアニメや映画やドラマを鑑賞した。


 ちなみにぼくが入っている部活は、……何部でもない。

 しいて部活名を言うなら『バイトが始まるまでの二時間半を小説を書くために部室を借りているだけの部』。


 バイトまでに家に帰っていたら時間が勿体無いな、でも喫茶店に行ってお金を使うのは嫌だし、って考えていたところに、たまたま同じ高校に通うことになったクソ女の宮崎いすずがナイスな提案をして来た。


「バイトまでの時間をどこかの教室を借りて書けばいいんじゃない?」

「貸してくれねぇーだろう」

「貸してくれないって? バカなの? 当たり前じゃん。部活動にして教室を借りればいいじゃん」

「どうやって部活動にするんだよ?」

「あのヤ◯マン先生いるでしょ? あの人に顧問やってもらえばいいじゃん」


 たしかに、それならできるかも。

 書く場所がほしくて、ぼくは部活を立ち上げた。



 中本ありさ先生は香水の甘い匂いがする先生で、ボブヘアーは緩く波打ち、顔はちょっと昔の癒し系アイドルのような、童顔というか、男好きしそうな顔をしていた。


 高校生活の初日に中本先生が担任の教師として、教卓の前で自己紹介をした時、『もう高校生活バラ色じゃん』と思ったものだ。

 中本先生に相談を持ちかけた時、「ワイ、小説を書いてますねんけど、どこか教室をあてがってくれまへんか」と謎の関西弁で直接的に話したわけではない。


「先生にしかできない相談なんですけど」

 と職員室にいる先生に話を持ちかけたのだ。



 中本先生が経験を積むために部活の顧問をやるように、と教頭に言われているのは調査済みだった。

 この話を持ちかけるまでに中本先生に何度か部活について会話もしていた。

 部活の顧問をやらなくてはいけないけど、今現在ある部活の顧問は全て埋まっていて、補佐をやらなくてはいけない事も知っていた。


 中本先生が部活の見学に行ってみると比較的に手がかからない部活は苦手な先生が顧問をやっていて、仲のいい先生がいる部活はどれもしんどい部活ばかりしているらしい。

 顧問をやってもいいけど土日出勤が嫌と中本先生は言っていた。


 お互いの気持ちがコミットして、部室として多目的ルーム2を借りているだけの何もしない部活が成立したわけだ。

 活動内容は先生に相談した時にノリで適当に話した。


 AIやロボットの技術が進んで行くと平均的な人間が必要なくなるから、才能を尖らすために様々な芸術に触れて、自分に合う芸術があればチャレンジする、という部活内容。


 内容さえあれば何でもいいよ感を中本先生が出していたので、ぼくもこの程度の内容でよろしいでしょうか、と顔色を伺いながら喋った気がする。

 部活を作るために、ぼくも含めて5人の部員が必要だった。



 新築の匂いがする教室の中。

 多目的ルーム2という教室をぼく達は使わせてもらっていた。 

 壁についているボタンを押せばカーテンが閉まるらしい。この教室を使わせてもらっているだけの身分で、そんな近代的なシステムを使えるわけがなかった。


 開いた窓から日差しと不愉快なほどぬるい風が入って来る。

 教室と違って机も椅子も並べられていない。

 広い空間があるだけ。

 机と椅子を使う時は、隅っこに置かれている白い長机と椅子を取り出さなくてはいけなかった。


 バイトが始まるまでの2時間半をぼくはココで過ごす。

 いつものように長机を出し、椅子を出し、カバンからノートパソコンを取り出し、充電が無ければ、充電器も取り出し、パソコンのワードを立ち上げる。



 スヤスヤという寝息がぼくの隣から聞こえた。

 この教室にいるのは、ぼくと七瀬うさぎの2人だけだった。

 他の部員はまだ来ていない。別に来なくてもいいんだけど。


 何もしない部活にぼくを含めて5人の部員がいる。

 その1人がぼくの隣で眠っている七瀬うさぎだった。

 茶色い長い髪が椅子から溢れて床に付きそうである。

 ツインテールにした髪の根元にトンガリコーンのような角のヘアピンが付いている。

 スヤスヤという寝息が聞こえるけど彼女は眠っていない。


 七瀬うさぎは今さっき教室に入って来て、ぼくの隣に椅子を並べて寝転び、目を瞑ったばっかりだった。

 しかも昨日も、そのまた昨日も、そのまた昨日も同じことをしている。

 瞼もピクンピクンと動いているし、なんだったら寝顔を見られていることを意識していて頬が赤い。


 ぼくはワードを立ち上げ、物語の世界に入って行く。

 頭の中で映画が上映されているような感覚。それを文字に落とし込んで行く。

 寝たふりをしている七瀬うさぎが、ぼくの膝に触れてくる。

 意識が持っていかれるのが嫌だったので無視した。


 ぼくが集めた部員が多目的ルーム2の扉を開けた。3人目の部員である。


 セミロングの髪を鮮やかなピンク色に染めた同級生の女の子である。透き通るような色白で、好奇心旺盛なクリッとした目が特徴的だった。

 ユーチューバーみたいな髪色じゃなかったら、清楚系アイドルにだってなれただろう。


「ハイジ先生は、もう書いていらっしゃるのですか?」

 入って来るなりピンク頭の女の子が半笑いで小説をイジってくる。


 だけどぼくの耳には届かない。鼓膜からキノコが生えているんじゃないか、っていうぐらいに音が遠い。


 ぼくは頭の中の映像を文字に落とし込む作業で一生懸命だった。


「先生の小説を生徒達に配りましょうか?」


「……」


「聞いてるの?」


「……」


 人差し指でブッスと彼女がぼくの頬を刺す。

 さすがに気づいたけど無視。喋ったら集中が奪われそうで嫌だった。


「好きな女の子から意地悪されて、喜ぶなよ」


 ぼくは何も言わない。


「私と付き合うために必死じゃん」


 ぼくは何も言わない。


「無視ばっかり。つまんなーい」


 彼女の名前は宮崎いすず。

 ラノベを貸してくれて、ラノベ作家になる夢を与えてくれた女の子。ラノベ又貸し先輩ボコボコ事件以来、彼女には雑巾ほどの好意しか抱いていない。


 昔はもっとお淑やかなイメージだったけど、最近はちょっとウザい。

 あの事件以来、勝手に妄想していたイメージが壊れた。元々ウザい奴だったのかもしれない。


「どうしたの、うさぎちゃん?」

 ぼくの隣に座るうさぎに宮崎いすずが顔を向けた。

 どうやらうさぎは起きたらしい。


「すごい顔が真っ赤じゃん。もしかして熱でもあるんじゃないの?」


 うさぎが首を横に振った。


「え〜? でも、すごい顔、赤いよ」


「大丈夫です」


「もしかしてエッチなことした?」


「そんな……してないです」


「ハイジ先生の邪魔したら、この美少女戦士いすずちゃんが本気でエルボを喰らわせるぞ」


「……怖いです。いすずちゃん」


「女の子って笑いながら、殺し合うもんなんだぞ」といすずの愉快そうな声が聞こえた。


「怖いです」


「まぁいいや。それじゃあ勇者のコス作ろう」

 いすずが言って、いつもの窓際のポジションに行く。

 うさぎが後を追って行く。


 いすずは古いミシンをオフィス用整理棚から取り出す。

 多目的ルーム2は会議をする場所らしく、棚には紙コップやお盆やネームプレートやファイルやDVDなどが雑多に入っている。


 2人はハロウィンに某人気遊園地に行くためのコスプレを作っているらしい。

 たぶん勇者のコスプレはいすずの好みだと思う。最近の彼女の好みは勇者や魔王や異世界転生や異世界転移やスローライスやざまぁなのである。それにいすずは魔王を倒して世界を救う系のゲームにも最近ハマっているらしい。



 もう1人の部員はすでに来ていた。4人目の部員である。

 彼女は孤立するように部屋の隅に座っていた。

 一条渚。

 彼女の周りにはダンボールが広げられていた。

 髪が長すぎて顔が見えない女の子である。

 ずいぶん昔に流行ったホラー映画に登場する、井戸から出て来る幽霊みたいな女の子だった。


 一条渚はクラスでも孤立している。それに廊下を歩いていてもお化けと間違えられて悲鳴が上がることもあった。


 彼女は床に座って、たまねぎって書いてある八百屋さんで貰って来たんだろうダンボールを専用カッターで切っていた。

 どうしてダンボール工作をしているかは謎である。

 

 

 多目的ルーム2の扉が開いて、背の小さな女の子が入って来た。5人目の部員である。

 上履きのラインが黄色である。

 ぼく達が通う高校では学年ごとに上履きの色が違う。

 ぼく達一年生は青色。

 2年生が黄色。

 つまり少女はぼく達の先輩という事になる。

 

 背が小さく、明るい茶色に染まった短い髪はポニーテールに結ばれている。

 虫あみが似合いそう。

 小学生に見えるけど胸は大きい。

 名前は伊賀京子である。

 いつものように彼女は椅子を取り出し、ぼくの隣に座った。

 伊賀京子はぼくの頬を、おもむろにつねった。

 パソコンから目を離したくないし、集中を切らしたくないので無視する。


「今日も無視の日なんだ」

 と彼女は呟きノートを広げた。


 そして穴が開くんじゃないかと思うぐらいにノートを見つめる。

 ノートを見つめる大きな目玉には闘志みたいなモノが宿っていた。


 伊賀京子はアマチュアのピン芸人だ。YouTubeで彼女のネタを見たことあるけどウケていなかった。

 それでもこうして笑いを取るために今日もノートを見つめている。

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