第8話 疑念の渦、深まる亀裂
謙信の傷は癒えぬまま
家中の疑念が渦巻く
兼続は忠誠を誓い
静は姫の影として彼を守る。
夜明けとともに
城内は騒然となった
忍びの襲撃は
瞬く間に城中に知れ渡り
家臣たちは
動揺を隠せない
謙信は
深手を負った身体で
しかし
毅然とした態度で
事態の収拾にあたった
兼続は
負傷した謙信の代わりに
兵の指揮を執り
城内の警戒を強化した
静は
謙信の傍らを離れず
献身的に看病にあたった
彼女の瞳には
心配と
そして
深い愛情が宿っていた
謙信の傷は深く
回復には時間を要した
その間
彼の記憶の空白は
再び彼を苦しめた
なぜ自分は
これほどまでに
戦うことができるのか
なぜ
あの時
綾姫の声が聞こえたのか
彼は
自らの存在の根源を
問い続けた
静は
そんな謙信の苦悩を
間近で見ていた
彼女は
姫の秘密を守るため
多くを語ることはできない
しかし
彼女の心は
謙信への深い慈愛に満ちていた
彼女は
謙信の額に
冷たい手ぬぐいを当てながら
心の中で
祈りを捧げた
「姫様…
どうか謙信公を
お守りください…」
兼続は
この襲撃事件の調査を進めた
忍びの者たちの残した痕跡から
彼らが
越後国内の
反謙信派によって
雇われた者たちであることが
明らかになった
特に
揚北衆に連なる
中条藤資の縁者たちが
この陰謀に深く関わっていることが
判明した
兼続は
その報告を
謙信に行った
「謙信公…
この度の襲撃は
中条藤資の縁者らが
企てたものと
判明いたしました
彼らは
公の記憶の空白につけ込み
新たな当主を擁立しようと
画策しております」
兼続の声には
怒りと
そして
深い憂慮が込められていた
謙信は
兼続の報告を
静かに聞いていた
彼の表情には
怒りよりも
深い悲しみが浮かんでいた
「身内が…
我を…」
その言葉には
裏切られた者の
痛みが滲み出ていた
彼は
記憶はないが
この越後の地を
民を
守ろうと
必死に生きてきた
その彼を
身内が
陥れようとしている
その事実に
深い絶望を感じた
兼続は
謙信の苦悩を察し
深く頭を下げた
「しかし
公には
我らがおります
私は
いかなる時も
公の義の旗の下に
忠誠を誓います」
兼続の言葉は
謙信の心を
わずかながらも
温めた
彼は
兼続の顔を見上げた
その瞳には
揺るぎない忠誠心が宿っていた
謙信は
兼続の言葉に
深く頷いた
「兼続…
そなたの言葉
心に刻もう」
その瞬間
二人の間に
より強固な絆が生まれた
それは
主従の関係を超えた
深い信頼の絆だった
静は
謙信と兼続のやり取りを
傍らで聞いていた
彼女の心には
安堵と
そして
新たな決意が芽生えていた
謙信は
一人ではない
彼には
兼続という
心強い味方がいる
そして
自分もまた
姫の願いを継ぐ者として
謙信を守り抜くと
静は改めて誓った
彼女は
謙信の傷が癒えるまで
彼の傍らを離れなかった
夜には
彼の寝所で
綾姫の詩歌を
静かに口ずさんだ
その詩歌は
謙信の心を
安らかにし
彼に
かすかな夢を見せた
夢の中で
彼は
白い椿の咲き誇る庭で
綾姫と出会う
彼女は
彼に微笑みかけ
その手を取り
「あなたの義は
必ずや
この世に光をもたらす」
そう囁いた
謙信は
その夢の中で
深い安堵を感じた
そして
目覚めた時には
心に
新たな力が湧き上がっているのを感じた
しかし
城内の疑念の渦は
収まるどころか
日ごとに深まっていった
中条藤資の縁者たちは
謙信の記憶の空白を
巧みに利用し
家臣たちの間で
不安を煽り立てた
「記憶を失った者に
越後の未来を任せてよいのか」
「神の加護を失った者に
果たして
乱世を鎮める力があるのか」
彼らの囁きは
城内に
不穏な空気を生み出し
家臣たちの間には
亀裂が入り始めた
**彼らは、襲撃後すぐに城下の酒場に噂を流し、不安を煽った痕跡がございます**と
兼続から密かに報告があった
謙信は
その不穏な空気を
肌で感じていた
彼は
自らの記憶の空白が
越後の未来に
暗い影を落としていることを
理解していた
しかし
彼は
決して諦めなかった
彼の心には
綾姫の願いと
そして
民への深い「義」が
強く宿っていた
城下では
襲撃の噂が流れ
老婆が小さな祠に
「椿の花」を捧げていた
「越後様、どうか無事でいてくだされや……」
その祈りの声が
静かに城へと届く
ある日の評定の場
中条藤資の縁者の一人が
謙信に向かって
公然と異議を唱えた
「謙信公!
この度の襲撃事件は
まことに遺憾にございます
しかし
公の記憶の空白は
我ら家臣の間に
大きな不安を生んでおります
どうか
ご自身の身の潔白を
お示しいただきたい!」
その言葉は
評定の場に
重い沈黙をもたらした
多くの家臣たちが
息をのんで
謙信の返答を待った
謙信は
その言葉に
静かに目を閉じた
彼の脳裏に
綾姫の姿がよぎる
彼女が命を賭して守ろうとしたもの
それが
今
目の前で
揺らいでいる
彼は
ゆっくりと目を開けた
その瞳には
深い悲しみと
そして
揺るぎない決意が宿っていた
「我は
記憶を失おうとも
この越後の民を
守り抜くことを誓う
我の義は
決して揺るがぬ
それを
この身をもって
示そう」
謙信の言葉は
力強く
そして
彼の魂の叫びのように
評定の場に響き渡った
彼の言葉に
家臣たちは
再び息をのんだ
その言葉の重みに
彼らの心は
深く揺さぶられた
兼続は
謙信の言葉を聞き
深く感動した
彼は
謙信の傍らに立ち
その背中を
静かに見守った
静もまた
評定の場の隅で
謙信の姿を見つめていた
彼女の瞳には
誇りと
そして
彼への深い信頼が宿っていた
謙信の言葉は
一時的に
家臣たちの疑念を
鎮めることに成功した
しかし
闇の勢力は
まだ消え去ってはいない
彼らは
水面下で
新たな陰謀を企てているだろう
謙信の戦いは
まだ続く
そして
その戦いは
越後の未来を
大きく左右することになるだろう
春日山城には
まだ冷たい風が吹く
しかし
その風の中に
謙信の「義」の光が
確かに輝き始めていた
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