幼馴染が小悪魔過ぎて困っています
クレぞー
第1話 再会①
高校生活を豊かな物にする為の大原則、それは『スタートダッシュを決めること』である。
入学式からの約数週間。この期間で高校生活の人脈はほぼ完成するのである。クラスの気の合うコミュニティや部活仲間、同じ中学校からの継続的な関係と様々な要因があるが、ここで失敗すると今後三年間限りなく色の無い閉鎖的な生活を強いられることとなる。
ここで、見事なまでにスタートダッシュに失敗した男を紹介しよう……。
桐山湊、一五歳。
文武に優れた名門校である私立城葉高等学校に合格を果たし、新たな学園生活に期待を込め迎えた入学式当日。足早に学校へ向かう道中、他校の男子生徒と肩がぶつかり因縁をつけられ警察沙汰に。その影響もあり、入学初日に一週間の停学となってしまったのである。補足するが、先に手を出したのは他校の男子生徒で、身を守るために護身術で対処しただけで、ただの正当防衛である。しかし、入学初日で警察沙汰になってしまったこともあり、処罰としては重めの停学処分となってしまったのである。この件は、すぐさま校内で話題となり、広がるにつれて尾鰭がつき、やがて『暴力男』の要注意人物として認知されるようになった。
停学明けようやく初登校を果たすも、クラスメイトからはもちろん、全校生徒から白い目で見られることに……。同じ中学校出身の者もおらず、登校初日にして取り返しのつかない孤立状態に陥ってしまったのである……。
状況は特に変わらぬまま、月日は流れ七月を迎えようとしていたある日。
「ホームルーム始めるよ!」
女性担任の声が教室に響き、雑談をしていたクラスメイトが各々の席へ戻りホームルームが始まった。
形式的な挨拶を済ませ出席確認を終え、特に変容の無い一日が始まろうとした時だった。
「最後に、転校生を紹介します!」
担任によるいきなりの発表に騒めく生徒達。寸刻の間、転校生に関する考察が始まった。「可愛い子来い!」、「高身長イケメン来ないかなぁ」など大いに期待を膨らませていたが、大抵このような場合は、期待値が過剰に高まり、いざ転校生が現れると思い描いた人物像と異なり盛り下がるケースがほとんどである。湊は、転校生に対して少し同情しながらも、我関せずで窓側最後列の席で窓外をぼんやりと眺めていた。
暫くして、騒がしさも収束し始めた頃に担任が廊下にいる転校生に声をかけた。
「お待たせしてごめんね。じゃあ教室に入ってきて挨拶お願いします」
担任の掛け声と共に教室のドアが開く。転校生が姿を現すと教室は突如静寂に包まれた。我関せずの湊もこの事態に違和感を覚え転校生の方へ目を向けた。
そこには、容姿端麗な顔立ちをした美少女が颯爽と歩みを進めていた。しなやかな金髪ショートヘアときめ細やかな色白の肌が窓から差し込む光に照らされ輝きを放っていた。生徒達が一瞬にして静寂に包まれた理由も頷ける。恐らく、彼女の迫力に気圧されたのであろう。そうこうしていると、彼女の自己紹介が始まった。
「初めまして。綾瀬楓です。北海道の高校より城葉高校へ編入することとなりました。是非仲良くして頂けると幸いです。どうぞよろしくお願いします。」
簡易的な自己紹介が終わり一拍置いた後、万雷の拍手が彼女を包んだ。期待値を遥かに上回る人物の登場に先程の静寂とは一変し、拍手と共に歓声混じりの騒がしさを取り戻した。歓喜雀躍する生徒達と裏腹に、湊は彼女に対して気圧されたものの特に関心を見せず、再び生気の無い眼差しで窓外を眺めていた。
「綾瀬さん、とりあえず席だけど……ごめんなさい。まだ用意出来て無かったわね……。桐山君!準備室から机と椅子の準備お願いできるかな?」
「あ、はい。分かりました……。」
突然の担任からのキラーパスに若干動揺したが、特に断る理由はないので準備室へ向かおうとした矢先に事件は起こった……
「ひとまず、綾瀬さんの席だけど、桐山君の隣になるから色々教えてあげてね!」
担任の言葉に教室の雰囲気が一変する。冷たい視線が一点に集中すると共に忍び声が負の空気を助長させる。男子生徒からは嫉妬の視線、女子生徒からは憂慮の視線をひしひしと感じる。「あいつの隣かよ」、「綾瀬さん可哀想」などの忍び声が薄ら聞こえながらも、担任の問いかけに対して軽く頷き、足早に教室を後にした。
準備室から机を移動され教室に戻ると、綾瀬の周りには人だかりが出来ていた。クラスの中心メンバーを起点に既にコミュニティが出来上がっており、談笑混じりの世間話が聞こえてくる。湊は、それを傍目に聞き流しながら、黙々と机と椅子をセットするのであった……。
それから授業は淡々と過ぎ、休み時間は常に誰かしらが綾瀬の周りを囲み、普段は静かな湊の周りだが、騒がしい一日となった。もちろん、湊は蚊帳の外であるが……。
帰りのホームルームを終え、放課後の時間となったが、例の如く綾瀬の周りには人だかりができていた。
「綾瀬さん!今日一日どうだった?」
「皆様に親切にして頂いて楽しかったです!」
「そんなかしこまらなくて大丈夫だよ!同級生なんだし!」
「お気遣いありがとうございます!これから慣れていきますね!」
「何か困ったことがあったら何でも相談してね!」
「ありがとうございます!」
声をかけたのは、学級委員長でもある高倉洸。ルックスもさることながら、頭脳明晰でサッカー部でも一年からレギュラーを務める非の打ち所がない完璧超人。こうした気遣いもできるため男女問わず人気を博している。
「綾瀬さんの親睦会を近々開こうと思うんだけど、空いてる日とかあるかな?」
「そこまでして頂かなくても!皆さん部活とかで忙しいでしょうし……。」
「みんな綾瀬さんともっと親睦を深めたいと思ってるよ!」
「いいじゃん!やろうよ親睦会!」
「私も参加したい!」
「早く計画立てようぜ!」
高倉の提案に周囲にいた生徒達から賛同の声が次々と上がった。
「みんなこう言ってるしどうかな?」
「じゃあ、ご迷惑で無ければ……」
綾瀬の返答によりクラスメイトたちは盛り上がりをみせていたが、そんな会話を聞き流しながら湊は教室を後にした。
教室を出て、下駄箱で靴に履き替え家路へつこうとした時であった。
「すみません!桐山さん!」
女性の声で担任以外から名字を呼ばれたのはいつ以来だろうか。湊は恐る恐る声のする方へ目を向ける。
「良かった!間に合って」
そこには、少し髪が乱れ、肩で息をする綾瀬の姿があった。
「どうしたの?そんなに急いで」
「今朝、机など準備していただいたのにお礼が言えてなかったので!」
「そんなこと気にしなくて良いのに」
「いえ、お礼はしっかりしないと!本当にありがとうございました!」
「いえいえ」
「ところで、桐山さんの下のお名前伺ってもよろしいですか?クラスメイトのことを早く覚えたいので!」
「湊って言います」
名前を聞いた綾瀬は、一驚した面持ちを浮かべていた。湊は、彼女の表情の変容に戸惑いを隠さなかった。戸惑うのも無理はない。ただ、名前を伝えただけで驚いているのだから……。事態の把握に思考を巡られていると綾瀬が口を開いた。
「もしかして、みーくんなの?」
「ん?」
突然の『みーくん』というあだ名らしき言葉に困惑がより募る。
「昔近所に住んでて、よく遊んでた楓だよ!」
『みーくん』というあだ名と過去の記憶、そして『楓』という名前が脳内で合致し、衝撃の事実に辿り着いた。
「えっ!楓ちゃんなの?」
「そうだよ!久しぶりみーくん!」
「本当久しぶりだね!ごめん……。全然気づかなくて」
「気にしなくて良いよ。みーくんも全然見た目変わってて、名前聞くまでわからなかったよ!『桐山』って聞いた時、珍しい名字だからもしかしてって少しだけ思ったけど」
綾瀬楓は、昔近所に住んでおりよく遊んでいた幼馴染である。十年は経っていないが、遠い昔の記憶で容姿も変わっており、何故か名字も変わっていたためすぐには合致できなかった。名字が変わったことは、何か家庭の事情があったのだろう。湊は、楓との再会に衝撃を受けた一方で自分と彼女の『幼馴染』という関係性に不安がより一層募った。
「でも、知ってる人が隣の席で良かったよ!これから色々とよろしくね!」
「……」
「どうしたの?」
「あまり俺に関わらない方が良いと思うよ……」
「どうして?」
「それは……」
自分の置かれている立場を伝えようとしたその時であった。
「綾瀬さ〜ん!」
クラスメイトの女子グループが楓を遠目で見つけ手を振りながら呼ぶ声が聞こえた。振り返り、笑みを浮かべながら軽く会釈する様子を見て、このまま彼女と話している現場をクラスメイトに目撃された場合、要らぬ誤解を与えかねない。ましてや、『幼馴染』という事実はこれから新たに学園生活を送る上で彼女にとってマイナスに作用することにだろう。湊は、彼女の安定した学園生活を担保する為、距離を取ることをこの時決意した……。
「じゃあ……俺は帰るね……」
「ちょっと待ってよ!」
そっけない態度でその場から逃げるように立ち去る湊。釈然としない表情を見せながら呼び止める楓であったが、その言葉は届くことなく寸刻して彼女の視界から消えていった……。
楓は、幼馴染である湊との再会に歓喜したが、直後の意味深な反応にやるせない気持ちとなった。そうこう物思いに耽っていると……
「綾瀬さん!」
呼び声と肩に伝わる手の感触に体がビクつく楓。
「ごめんね!びっくりさせちゃったかな?」
「いえいえ大丈夫です!こちらこそすみません。少し考え事をしてまして……」
「そうだったんだ。学校で何かあった?」
「個人的な些細なことなので大丈夫です……。お気遣いありがとうございます」
「困ったことあったら何でも相談乗るから!」
「ありがとうございます!」
「綾瀬さん、良かったら一緒に帰らない?色々話したいし!」
「お邪魔でなければ是非!」
楓は「些細なこと」と誤魔化しながらもクラスメイトの女子グループに湊の事情を下手に聞くわけにもいかず、釈然としない気持ちを抱えながら家路につくのであった……。
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