五年後は聞くことが出来ないかもしれない体験者の話。

羊光

あの日の記憶

「誠太、あんた、今年も夏は帰って来ないのかい?」


「今、会社は繁忙期なんだよ」


 母さんとそんな電話をしたのが七月の初めだった。

 話の内容は〝お盆は帰って来るのか〟という毎年の恒例行事だ。


「ばーちゃんも会いたがっているよ。もう何度会えるか、分からないんだよ。去年、倒れてから、さらに弱って…………」


「おばあちゃんを出すのは卑怯だろ」


 俺のお祖母さんは今年で九十歳。

 前に会ったのは正月で、その時、もうだいぶ弱っていた。

 病気とか、そういうことじゃなくて、寿命だ。


 九十歳まで生きたのだから、十分、とは思うけど、やっぱり身内の死期を意識させられるのは暗い気持ちになる。


 母さんとの会話は最後の方が喧嘩のようになってしまった。


 沈んだ気持ちを切り替える為、動画配信サイトで映画やドラマを見よう、と新着をチェックしていたら、とある映画が目に止まった。


 第二次世界大戦時の〝とある兄妹〟を描いた有名過ぎる作品。

 俺はこの作品が苦手だった。


 主人公と漢字は違うけど、読み方は同じだし、見終わった後に悲しい気持ちになる。


 最後に見たのは恐らく、中学生の時、二十年以上前だ。


 今の気分で見るべき作品じゃない。

 だけど、俺は視聴ボタンを押していた。


 さっきの母さんとの会話であった〝おばあちゃん〟のことが頭から離れない。

 俺のお祖母ちゃんは今年で九十歳。


 正月にあった時は動くのもやっとだったし、補聴器が無いと会話も成立しない。

 滑舌も悪くなったので、何を言っているか半分くらい分からない。


 それに去年の十月に体調を崩して、救急車で運ばれた。

 体調は回復したけど、さらに体力は落ちた様子だった。


 そんなおばあちゃんが一度だけ、はきはきと話したことがある。


 それは去年の十月、友人の結婚式に呼ばれて、地元に帰った時だ。

 母さんにお願いされて、おばあちゃんの家に寄った。


 おばあちゃんと話す話題が無く困っていた時、つけっぱなしだったテレビで戦争の特集が流れて来た。


 おばあちゃんは戦争を、そして、空襲を経験している。



「そういえば、お祖母ちゃんも空襲を経験したんだよね?」



 無言でいるのも申し訳ないと思い、話題を作るつもりだった。


 それに答えは知っている。


「子供だったし、よく覚えていないんだよねぇ」


 前に聞いた時はそう言われた。


 今回も同じ…………だと思ったのに、


「あの日は朝から騒がしかったんだよ。敵機が来たぞー、って何度も警報が鳴ってねぇ。それでも日中は何も無くて、気を張っていた分、疲れて夜はいつもより早く寝たんだ。でもね、いきなり警報が鳴って、飛び起きたんだよ。支度をして、家を出た頃には辺りが明るかった。家がたくさん燃えていたんだ。人が焼ける嫌な臭いもした。母ちゃんに手を引っ張られて、あたしは逃げた。その途中で兵隊さんに○○地域はもう駄目だ! ○○地域へ行け! って言われて、逃げた。必死に逃げた。その間も人の悲鳴や敵機の音がして、本当に怖かった。防空壕に辿り着いた時、中は怪我人ばかりで、軽度の火傷と擦り傷で済んだの私は運が良い、って思ったよ。それで夜が明けて、朝日が街を照らした時、建物は何も無くなっていた。友達が何人も死んだ。従妹も死んだ。叔父さんも叔母さんも死んだ。みんな死んだ。あの時、初めて戦争の怖さを知った」


 おばあちゃんは何かに取り憑かれたように話す。

 こんなにハキハキと話すことに驚いた。

 それに口調がどことなく子供っぽくて怖かった。


 まるで〝その日〟のことを昨日のように覚えている、と証明しているようだった。





「母さん、おばあちゃんって、戦争の話をあんな風にしたことがあるの?」


 帰りの車で母に確認する。


「私も初めてよ。戦争のことはあまり話したがらない人だったから」


 俺はおばあちゃんが言っていた「覚えていない」が嘘だったとこの日、知った。


 でも、母さん……実の娘にすら話さなかった戦争の話を俺に語った理由は何だったのか?


 そんな疑問を気にしなくなった半月後、おばあちゃんは倒れた。


 幸い、体調は回復したけど、もしかしたら、おばあちゃんは死期のようなものを感じ、次の世代に戦争の体験談を語らないといけない、という使命感にでも駆られたのだろうか?


 おばあちゃんが何を思って、俺に戦争の話をしたのか、その理由を未だに聞けていない。


 そんなことを考えている内に視聴していた映画が終わった。

 覚悟はしていたけど、暗い気持ちになる。


 この映画はフィクションかもしれないけど、出来事はフィクションじゃない。


「…………」

 

 俺はスマホを手に取った。

 そして、母さんに電話をかける。


「もしもし、さっきはごめん。やっぱり今年の夏は群馬に帰るよ。おばあちゃんのところ? ああ、もちろん、行くよ」


 時代は進む。

 過去を知る人たちは少なくなっていく。


 だから、生き証人の言葉を聞いた世代が、さらに次の世代へ繋げる。


「急に帰ってくる気になった理由が聞きたいだって? 使命感……いや、何でもない。何となくだよ。本当になんとなく」

 

 

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五年後は聞くことが出来ないかもしれない体験者の話。 羊光 @hituzihikari

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