荒野にポツンと無能が一人

 視界一面に広がるのは枯れ木と風に舞い上げられる乾いた土、僅かに緑を残した小柄な草木と飢えた様子を表情に見せている魔物たち。

 まだ微妙に倦怠感と痛みが残る体を立ち上がらせて、体に付いた土を払い落としながら空を見上げて、突き刺さる日光をばら撒いている太陽を見る。

 飛ばされる前の月光から考えて、おそらくあの場所から最低でも十二万キロ程度離れている場所だろう。降り注ぐ日光という性質と光を受けた肌の感覚からして、今俺の頭上で輝き続けているのは第三太陽だろうからな。


「何処かは分からんな。だが、取り敢えず移動しなければならんか」


 魔物に見つけられて襲われた場合に俺が出来ることは無いに等しい。対抗策は皆無だし時間を稼いだところで何もないし誰も来ない、死ぬ事はまずないが死なないところで逃げ出せたりはしないからな。

 それに頭上が第三太陽であるなら、今が何時なのかは分からないがさっさと移動して日陰の三つか四つでも見つけておかないと燃える。比喩表現とかではなく、文字通りの意味で体に火を点けたかのように燃え上がる羽目になる。

 ということで魔物に見つからないように、尚且つ魔物が来ないような場所にある日陰を探す必要があるのだが……


「何処までも荒野だなこれは」


 視界に映る地平線の果てまで日陰の日の字も見えずに続いている。正直助けの手が来ないというのを考えると、魔王とか邪神とかを相手に時間を稼いでいる時よりも遥かに絶望感は大きい。

 まぁ、取り敢えず移動するか。立ち止まっていては燃えるだけだしな。



***************



 この世界をゲームとして見ていた頃の記憶はかなり薄れている。具体的にはゲームだったなぐらいにしか憶えてない、悪魔に対価として奪われたのではなく単純にこの世界での人生の中で摩耗して消え去っただけである。

 だからゲームでもそうだったのかは分からないんだが、この世界には五つの太陽と五つの月が存在していて、個別にその性質が異なっている。



 第一の太陽と月、それはおそらく普通の太陽。朝、昼、夕、夜といった時間を常識の通りに示す時計としての印象が色濃いものが第一の太陽と月。

 勇者の故郷をはじめとした人間の国と多くの亜人たちの国。それらが存在している領域で空へと昇り沈んでいく。


 第二の太陽と月、それは事象の逆転を示す。第一から西に離れた場所で昇り沈むそれは、太陽が昇れば夜になり、月が昇れば朝になる。

 ドワーフとノーム、そしてヴァンパイアたちを筆頭にした亜人種が住まう領域で、それらは青空を拒絶する彼、彼女らに星空の昼を与える。


 第三の太陽と月、それは極限環境を生み出す。第一から南東に離れた場所で昇り沈むそれは、生命の長期的な生存を否定する世界を作り出す。

 太陽の光を受け続ければ肉体の水分が奪われ、肉体の燃焼部分が物理的に炎上し焼却される。月の光を受け続ければ肉体の水分が凍結され、その内に融解と凍結を繰り返すだけのガラクタとなる。


 第四の太陽と月、それは正常と狂気を入れ替える。第一から北東に離れた場所で昇り沈むそれは、時間の移り変わりと共に生命体の正常性と狂気性を乱雑に変化させて生命のあり様を捻じ曲げる。

 かつて魔王が誕生し魔族と共に支配していた地に昇る物であり、そして死に行く邪神が最後の抵抗で世界へと刻み込んだ激毒である。


 第五の太陽と月、それらは永久に沈まない。遠く離れた場所に存在しているとされるそれらは、神域と称されるその場所で神々への謁見を定める。

 誰も見たことがないその存在が信じられている理由は、神々の代理人である天使たちがその領域より来訪しており、同時に彼、彼女らがその実在性を肯定しているからである。



 まぁ、そんな感じである。全てが同時に昇り沈むということはなく、それぞれが独立した時間を刻んでいる。原理は知らん、賢者か天使辺りにでも聞けば分かるかもしれないけど興味がない。

 第一と第二以外はやべぇとだけ憶えておけば良い。一番やばいのは第四ではなく第三、理由は色々あるが第四の性質は無効化の手段が生み出されたからだ。

 聖女の秘技と勇者の力、それに合わせて俺という実例がいたおかげで完成した形だな。ぶっ壊れたのにどうやって戻ったのかと聞かれれば、不死の力を発揮しながら自害を繰り返して無理やり戻した。

 だから純粋に脅威、その一点だけで言えば対抗策が太陽と月の光に当たらないようにするという物以外に存在していない第三が一番やばい。第五は知らん、天使との繋がりはあるし何なら転生者という枠組み的に謁見出来るのかもしれないが、こんな不純物塗れの肉体で会いに行ったところでという話よ。


 ちなみに、何故そんなに詳しいんだと言われれば、邪神に飛ばされて獣人の少年を守った場所が第三の存在している領域だったからだ。

 地下暮らし的な生き方をすることで、明確な天敵が少ないこの領域で生きる道を選んだ亜人種。第一の領域に存在している獣人たちとは違う進化の道を辿った彼らが生きていたのがこの第三の太陽が存在している領域だったということ。

 まぁ、つまり実体験なんだよな。初見の時は体は炎上するし、全身が固まって動けなくなるしで、悪魔製の自決用の爆弾が無かったら面倒なことになってたな。


 とはいえ第三の領域は広い。

 俺が知っているのは第一に程近い場所だったし、散策をする前に邪神の眷属に投げ飛ばされて離れることになったしな。

 庇っていた獣人の面々がどうなったのかは知らない、何処に逃げたのかとかそもそも無事に逃げ切れたのかとかも聞いてない。

 邪神の眷属は基本的に全滅させたという話だから、獣人たちを襲った奴も死んだのだろうけどそこの詳細に関しては何も知らない。まぁ正確には聞ける機会があったのに、説教が嫌で逃げ出しただけなんだけどな。



 それにしてもだ、



「日陰がねぇなぁ。今日は自決用の爆弾が持ってないから、燃えたまま走り続ける羽目になるぞぉ?」


 悪魔に飛ばされて一時間弱。手と足と顔から香ばしい匂いが漂ってきた状況を背負いながら、地平線のその先にまで続く荒野を見てぼやく。

 燃焼していれば夜になっても凍ることは無いので動くことは出来るんだが、間違いなく新種の魔物と見間違えられて攻撃されるので出来れば避けたい。

 ともすれば地面を掘って日陰を作るしかないんだが、歩いている感覚的にこの辺りの地面は死ぬほど硬い。どれくらいかと言えば、岩盤の上にでもいるんじゃないのかと錯覚するくらいには硬くて掘れる気がしない。


 だからとっとと、光から身を隠せる場所を見つけたいんだが……魔物の腹の中にでも入り込むかぁ? 光は当たらないし、もしかしたら咥えた状態で日陰にでも移動してくれるかもしれないしな。

 強いて言えば、この辺りの魔物が生きているタイプの魔物じゃなくて、俗に言うアンデッドタイプの魔物だから日陰に逃げるのかという懸念がある。

 まぁ、適度に殺して貰えればいい感じに調整出来るし、ちょっかいを掛けるというのもありかもしれん。どうやって逃げるんだという問題はあるが、まぁ足が残ってれば走れるから何とかなるだろう。


「よーし、死ぬかぁ?」


 取り敢えず、そろそろリセットしないと不味い。

 全身が燃え上がって、魔女の扱う炎の巨人兵ウィッカーマンみたいになる。クッソ小さくて戦闘力が皆無とかいう、どうしようもないタイプの。



「相変わらず、命が軽いな兄ちゃん」

「おん?」

「よっ、色々と言いたいことはあるけどさ。取り敢えず近くに俺の仮拠点があるから、そっちに移動しようぜ不死の兄ちゃん」



 そこらに落ちている石を拾って、魔物に喧嘩を売りに行こうとした直後、後ろから何処となく聞き覚えがある声が聞こえて振り返る。

 視線を向けたそこに立っていたのは、煌めく銀の体毛を土で汚した獣人の青年が片手を頭の横に上げて軽い調子で声を掛けて来ていた。

 姿に見覚えはないが、この呼び方に関しては聞き覚えがある。具体的には、色々と世話になりまくった獣人の村で懐いてくれていた子供たちの声で。



***************



「改めて、久しぶりだな兄ちゃん。元気そうで良かったぜ」

「あぁ………食料とか水分とか助かったんだが、すまん。お前が誰か分からん」

「えぇ? って、そりゃそうか。結構変わっちまったしなぁ」


 声を掛けてきた獣人の青年、彼の言う地面の中にあった仮拠点とやらに移動して保存食と水を分けてもらいながら、誰なのかを問い掛ける。

 警戒心が薄いと言われても、死なないからな。毒だの薬だのは体が慣れ過ぎて効かないから別に盛られたところで問題ないしな。


「あーー、憶えてるのか? あの、あれだ。兄ちゃんが飛ばされる前に出会った、魔物に要らんちょっかいを掛けてたクソガキ」

「あぁ、憶えているぞ。確か戦士の父に後継ぎとして認めて欲しくて、魔物に戦いを挑んで力を示そうとか考えていた子供だな? 荒野の魔物たちの主だというのに気付かずに喧嘩を売って、泣きべそを掻いていた、長の息子のヴァン」

「あ”-----、忘れてくれねぇか兄ちゃん?」

「無理だな。良い思い出だし、それのおかげでお前たちと知り合えたんだしな」

「……クッソ、否定出来ねぇ」


 若気の至りという物だ、諦めてくれ。


「……だが、まだ小さい子供だったはずだが? 少なくとも、俺よりも小さくて一人で旅が出来る様な青年ではなかった筈だ」

「うん? あぁ、そっか兄ちゃんは居なかったっけ。俺たち獣人ってさ子供から大人になる必要がある瞬間に肉体が急成長するんだよ、親父は確か転換って言ってそこが獣人にとって大人の始まりだって言ってたぜ」

「……となると、その必要があったということか?」

「まぁ、そういうことだ。正確に言えば俺だけじゃなくてあの時子供で、兄ちゃんとよく遊んでた奴ら全員がだけどな」

「??」

「兄ちゃん、戦ってたんだろ? 一人でこの世界を滅茶苦茶にしようとした神様に立ち向かって、俺たちが逃げた時みたいに今度は世界のためにって」

「……あぁ、戦いとは言えないがな」


 なにせ、殺され続けていただけだったからな。

 確実に死なない限りは閉じられた扉が内側から開かないから、邪神としては俺を殺すしかないのに俺が死なないからキレてただけだし。多分、俺を無視して封印をぶっ壊す事に切り換えられたら俺はどうしようもなかったからな。


「いや、戦いだろ。兄ちゃんのそれもさ」

「うん?」

「だってそうさ、同じ立場でそれが出来る奴はいねぇよ。死ぬだけの重傷を負い続けてさ、それでも希望は必ず来るなんて何時到着するかも分からないのにさ、只管に身を挺して時間を稼ぎ続けられる奴なんていねぇよ」

「……そうなる、のか?」

「そうさ。だから俺たちだって子供のままじゃ駄目だって、助けられた恩を全部返すために俺たちは子供であることを止めて大人になるのを選んだんだよ。一秒でも早く、兄ちゃんの下に希望を届けるためにな」

「……そうか」

「あぁ、だから改めて言わせてくれ」



「兄ちゃん、あの時は助かった。兄ちゃんのおかげで俺たちは生きることが出来た、誰一人として欠けることが無いままな。

 そんで、お疲れ様。兄ちゃんが命を賭けて時間を稼いでくれた、そのおかげで俺たちは今こうして日常を謳歌できてる。だからゆっくり休んでくれ」



「……あぁ。そっちも、がんばったな」

「ふっ、兄ちゃんに比べれば大したことじゃねぇさ」

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