プロローグ裏、また間に合わなかった勇者パーティ

 また、間に合わなかった。


 異変を察知して部屋の中に飛び込んだ直後。

 窓に背を預けて薄く笑いながら、小さく手を動かす蝙蝠に類似した黒い羽根を広げた銀色の髪を持った人の形を見た瞬間にそれを理解した。

 そして、扉をこじ開けるために使用した聖骸を構えて走り出そうとする聖女を抑え、躊躇うこともなく聖剣を引き抜いた勇者を杖で止めながら、部屋の奥で月光を背負いながら笑う悪魔を睨みつける。


「遅かったですね。残念ながら契約は締結しちゃいましたよ……間に合わなかったみたいですね、聖骸まで持ち出したっていうのにねぇ?」


 もう既に理解出来ている事実を、明確に言語化してくる悪魔に怒りの感情を励起させられて……床を踏み抜くような力を籠め始めた聖女と勇者を見て、この場のこの瞬間に冷静さを保たなければいけないのは自分だと思い出して怒りを抑える。

 短慮に襲い掛かったところで、結果は無駄な労力を払うだけだというのは何度も経験したことなのだから。だから確実に一撃を捻じ込める一瞬を待つ。


「……何処にやった?」

「さぁ? 私の知ったことじゃありませんよ、なにせお願いはこの場所から逃げたいってことでしたからねぇ?」

「………」

「怖い怖い。本当に、怖くて怖くて……逃げ出したくなっちゃいますねぇ?」


 その言葉を聞いた瞬間に、私は勇者を止めていた杖を持ち換えて悪魔に向けて投げつけていた。同じように聖女は聖骸を、勇者は剣を悪魔に向けて投げつけ、振り払うように動いた手で投げた三つが落とされる。

 そのまま勇者と遅れて合流し悪魔との問答をしていた聖騎士が飛び込むが、その手が悪魔に届く直前に黒い霧となって人の形は霧散して掻き消える。


 間に合わなかった上に、何にも届かなかった。


「あぁ、言うなって言われてないから言っておきますね。役目は終わったからさよならですって、面白いですよねぇ仲間だってあなたたちのことを思いながら、使命が終わればその時点でさよなら出来る程度の関係性の認識みたいですよ。薄情な人ですよねぇ、そんな人に対して遠慮とか必要なんでしょうかねぇ?」


 おちょくるような物言いで、最後っ屁のように言葉を残していく悪魔に舌打ちを鳴らしながら放り投げた杖を拾い上げる。それから外に繋がる窓に近付いていく。



***************



 出会った当初の印象は薄い。


 世界を救えなんていう荒唐無稽な使命を与えられて、明確に脅威が迫り続けていた現実を前にして漠然と使命を果たさないと。

 そんなことを考えながら探し出した世界を救う鍵だった勇者と聖女、その二人と一緒にいる良く言って付属品、極端な言い方をすれば金魚の糞。それが出会った当初の彼に感じていた印象だった。

 だから出会った当初はどうでも良かった。役に立つわけでもないし、強いていうなら肉盾くらいにしか使えないそんなことを考えてた。だって私たちは使命が与えられて、力を持っている英雄に名を連ねられる存在だと思っていたから。


 はっきり個人として見るように変わったのはある一件から。

 同時に、それから私は英雄なんて呼ばれるような器じゃないとも思い始めた。


 私の故郷だった魔導都市エナリェータ。そこを大魔族を筆頭にした魔族の軍勢が襲撃するという話を聞いて向かった時の話。

 襲撃を受ける前に辿り着いて、魔導都市の防衛機構を使って対抗するといって誰一人として避難していなかった状況に、故郷を誇らしく思っていた私の思考は一緒に籠って魔族を撃退すればいいと考えていた。

 振り返れば、多くの都市が防壁を破られて滅ぼされているというのを目にしていたのに、それを忘れて故郷のことを盲信してしまっていた。文字通り棺桶に入って死にに行くような物で、それに仲間の皆を巻き込んだ。

 でも当時の私は、それが盲信だというのに気付けなかった。賢者に相応しくない、どこまでも愚か以外の何物でもなかった。


 そうして襲撃の瞬間。

 防衛機構はきっかり十分で破壊された。

 下手人は軍勢を率いていた大魔族、後で知ったことだったけど勇者の故郷を滅ぼした魔王の配下の中でも最強と呼ばれていた大魔族だった。


 それから都市に訪れたのは混乱に次ぐ混乱。

 都市の誰もがその力を信じて頼りにしていた防衛機構、それが魔族の軍勢に大した被害を出すことなく破壊されたという事実は混乱を招いた。

 急いで避難する人々、神へと祈りを捧げる人々、恐怖で意識を失う人々……私も含めて都市の人たちはまともなままではいられなかった。

 そんな中で仲間の皆は混乱する人たちを落ち着かせ、一人でも多くの生き残りをと救助活動と誘導活動をしていた。

 そう、結局その場で魔族の軍勢を跳ね除けられるという可能性を勇者も含めた全員が信じていなかった。負け戦であり、逆転は出来ないのだと。


 逆転の可能性を信じていたのは彼だけだった。

 まだ戦えると諦めていなかったのは彼だけだった。


 大魔族を筆頭にした軍勢が都市の内部へと足を踏み入れようとした直後、彼は単身で魔族たちの前に飛び出して破壊された防衛機構の一つを起動させた。

 使用者が死なない限り越えられず破壊されない結界、致命的な欠陥として外からの呪いを妨げられないという欠陥によって破られた防衛機構。

 それを魔族軍勢と混乱する人々を区切るように、それでいて自身は魔族側でたった一人で武器を持つこともなく殿を彼は始めた。


 そうして私たちが見ている前で、彼は残虐に残酷に悲惨なまでに傷付けられ、殺されて……後になって知った悪魔から授かった彼が傷つき続ける運命の原因となった力で何度も甦り、何度も立ち上がってずっと時間を稼いでくれていた。

 魔導都市に住んでいて防衛機構の破壊に巻き込まれることなく、生存していた全ての人たちの避難が何事もなく完遂出来るまで。そして私が絶望から立ち直り、仲間の皆が魔族の軍勢に対して立ち向かえるようになるまで。

 あまりにも長い時間を彼は稼ぎ続け、それと同時に魔族たちを足止めし続けてくれた。一人の人間が許容出来る傷と痛みと死の量を大きく外れたそれらを背負って、戻って来るとも限らない私たちを待ち続けていた。


『後は、よろしky』


 意識を失いながら崩れ落ちる彼が言い残した、はっきりとは言い切ることが出来ていなかった言葉。それは勝利を諦めていた私たちとは違う、僅かとすら呼べない可能性を信じて戦い続けた人間の……諦めの思考を抱えていた凡人だった私たちとは、どんな状況でも勝利を奪い取れる英雄の姿だった。

 そうして託された状況を引き継いで、私たちは魔族の軍勢に立ち向かった。勝てるのだと、勝たなければならないのだと、誰もが言葉にすることはなかったけれど誰もが同じ感情を抱きながら魔族たちとの戦いに身を投じた。


 結局、私たちは襲撃の主犯だった大魔族を殺せなかった。


 魔族の軍勢を全て打ち倒したその先で大魔族は分が悪いのを理解し、意識を失っていた筈の彼が立ち上がり始めていたのを見て、大魔族は殺し切れる可能性を捨ててその場から撤退する方を選択した。

 間違いなく追う事は出来たけれど、目を覚ましたとはいえ致死量以上の出血をして意識を喪失していた彼を放置は出来なかった。だから私たちは追いかけて仕留める事よりも治療と再起に向けて動く方が優先だった。



 それから私は、彼を始めとした誰もを個人として見るようになったし、理解しようと考えるようになった。私は凡人に過ぎないのだと自覚したから、一人で全てが成し遂げられる賢者ではないと知ったから。

 それでも世界を救うことが出来る英雄の一人になろうと思えたから、二度と負け戦だと諦めの感情を抱くことがないようにしたいと思ったから。


 もう二度と、一人に背負わせたくなかったから。



***************



 世界を救うまでの旅路では色々とあった。

 語れば二、三十年は語れそうなくらいには。


 勇者の幼馴染が恋敵と勘違いして威嚇してきたり、勇者の妹が想定外の繋がりから飛び出して想定外の感情を見せてきたり、聖女が自分の感情の整理をし切れなくてダンジョンの罠に落ちたりもした。

 勇者が貴族の少女に一目惚れされたり、聖騎士が昔の恋人と再会したり、男連中が揃って娼館に行ったら淫魔の巣窟で街を引っくり返す騒動にもなった。なんだかんだ平和に終わったから良い思い出だと私は思ってる。当事者はどうか知らないけど。


 彼についても色々と知った。


 名前を名乗らずに付属品、肉盾、背景Aみたいに名乗る彼がどうして自分の名前を名乗らないのかという理由を聞いた。

 好きな食べ物、好きな飲み物、好きな女性のタイプを始めにした色んなことを聞いたし、話そうとしないのを酔わせて聞き出したりもした。

 どうして命を賭けられるのか、どうして死を怖がらないのか、そんなことも聞いて返された彼自身の意思の強さに驚いた。



 ついでにこの知り始めた頃から、あの悪魔との因縁も始まった。

 皆が寝静まった頃に彼が一人で動いているのに聖女が気付いて、何をしているのか確認しようと付いて行ってあの悪魔を呼んでいるのを目撃した。

 それでその話を聞いた私たちは実際の現場を見ようと交代で彼の動きを監視して、二十何回目かの私の番の時に彼が自分の舌を噛んであの悪魔を呼び出しているのを現実のものとして見た。


 現場に乗り込んで問い詰めた時に、もう何回も呼んでいる、生き残るためには、役目を果たすためには必要なことだから見逃してくれないか。

 なんてことを言われたけど、信仰深い聖女は許すことが出来なかったし、魔族との戦いの中で無条件の信頼の危険性と魔に属する存在の狡猾と残虐さを体感した私たちは悪魔との関わりを放っておけなかった。

 だから強く止めた。勇者は監禁も辞さないって態度だったし、聖女は自分の手と繋ぎ合わせて離さないようにしようとしたし、私は色んな手段で監視の目を取り付けようとした。

 そこまではしなかったのは聖騎士が、心配なら持ち回りで側に付いているようにすればいいはずだ、少なくとも約束を違える様な男ではないはずだ。そう言って私たちを宥めて、私たちもそれに納得したから。


 まぁ、結局彼が呼ばなくてもあの悪魔は干渉してきたんだけど。

 他の悪魔に便乗したり、彼が時間を稼いでいる時の負傷を媒介に出て来たり、魔族を生贄に自分で自分を呼び出したりとか。普通の悪魔じゃ出来ないような手段で、頻繁に彼へ干渉してきて契約を持ちかけてきた。

 私たちは何度もそれを止めたし、悪魔を殺そうとあらゆる手段と作戦を考えて、実行に移して………結局どれ一つとして成功することなく、今のようにまた彼を悪魔に奪われてしまう現状のまま変えられてない。

 世界を救えたのに、たった一匹の悪魔からたった一人の大切な人を守ることも奪い返すことも出来ないままでいる。



 何も変わってない。変われてない。

 英雄だ、救世主だ、希望だなんて言われてるのに、結局魔族の襲撃の時に諦観を抱いて敗北を受け入れていた頃と何も変わってない。

 私は弱いまま。馬鹿で、愚かで、弱いまま。



***************



「……繋がりは、外れているな。後を追うことは出来そうにない」

「なら」

「止めておけ。闇雲に探したところで見つからん、それに今この場で俺たちが揃いも揃って動き出せばまた大きな問題があったと思われる」

「……でもっ!」

「動きたい気持ちはよく分かる。俺も奴の事が心配だ、心配だからこそ確実に見つけて保護出来るようにしなければならん」



 過去を思い返していると、冷静な聖騎士と焦る勇者の声が耳に入る。

 そちらを見れば、聖剣を拾い直した勇者が飛び出そうとしているのを聖騎士が肩を持って抑えて、淡々としたような態度で闇雲に動き出そうとしていた勇者を宥めているのが視界に入る。

 よく見ると聖騎士も汗を掻いているし、勇者の肩を持っていない方の手は強く握られて出血しているから、聖騎士も相応に感情が動かされているようではある。


 かく言う私も決して冷静ではない。

 彼に戦う力がないとか、悪魔に飛ばされたとか、魔王と邪神の残党がいるとか、そういうのを全部抜きにして、彼一人の状況というのが私という個人が許せない。

 明確に言語化は出来ないけれど、大切だと思う人だからなのか、それとも別の何かなのかは分からないけれど。



「……どうすんだ?」

「落ち着いたか。取り敢えず、奴が消えたというのは内々の問題にして陛下と王太子殿下に話を回す」

「……それで」

「何処にいるか分からない、悪魔による干渉、何かが起きるのかもしれない。この三つを押し出して騎士たちを動かして人海戦術で捜索しつつ、都合よく魔王と邪神の残党がいるだろう?」

「……それを討つという名目で動くと」

「そうだ。全員同時で動くことは出来ないし、お前に関しても此処でやらなければならないことがあるから残らないと駄目だがな」

「………」

「不満そうな顔をするな。遠方から生きているのか分からない状態で心配していた幼馴染に、ようやく治療の目処が立った妹の側に居てやれ」

「………分かった」

「賢者」

「……なに?」

「動くのはお前たちになる」

「……あぁ、そうなるのね。聖女もなの?」

「現時点で柵がなく、自由があるのはお前たちだ。いや、聖女もそこまで自由がある訳ではないんだが……まぁ、待機してはいられんだろう」



 ……まぁ、確かに。

 落とされたら負けだし、自衛もあんまり出来なかった。だからその分、私たちの中で一番彼に守られてたし、抱え込んでる感情は一番強いしね。

 今も、投げた聖骸を拾うこともせずに神託を授かろうとしてる祈ってるみたいだし。



「俺たちはまた、間に合わなかった。一人何処かへと行く奴の手を掴むことも出来ずに、置いて行かれることになった」

「……あぁ」

「……そうね」

「………………」

「だが、今度は対処しなければならない物というのは少ない。少なくとも賢者と聖女、お前たち二人は今すぐにでも追いかけることが出来る」



「奴を捕まえて来い、もう二度と逃げられんようにな。誰かに奪われる前に、悪魔に掠め取られる前に、奴を捕まえて来い」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る