第30話 初めての殺人

 弓形矢継彦は弓形学園の屋上から、警察官が赫美山に、入れ替わり立ち代わり出入りする様子を眺めていた。


 いつか、こういう日がやって来るという予感はあった。殺人という行為が選択肢に紛れ込んでくる、弓形で脈々と受け継がれてきた凶悪な血。古い時代ならば隠蔽は簡単だったかもしれないが、現代においてはそうそう隠しきれるものではない。実際、たった二人の高校生に、風穴を開けられてしまったのだから。


 十七年ぶりに香坂希乃の遺体が発見されるや否や、以前から赫美山の伝承について調べていた曲木一蒼の調査活動が過熱し、夏休み明けには希乃にそっくりな少女が現れ、転入からたった二日で、こうして真実を白日の下へと引きずり出そうとしている。ここまでくると運命が、弓形家を破滅させる方向に動いているとしか思えなかった。


 弓形家の当主である父、一矢がこの状況をどう受け止めているかは分からないが、どちらかといえば小心者で、いわおのように構えた当主ではないので、今頃は激しく狼狽しているかもしれない。


 対する矢継彦は、この状況を冷静に受け止めていた。盛者必衰じょうしゃひっすいという言葉がある。どんなに繁栄を極めようとも、いずれ終焉の時は訪れる。殺人の歴史という、大きな火種を抱えていればなおのことだ。


 大学への進学を機に、尾荷尾市を離れていた時期もあったが、結局は弓形学園の教諭として、地元へと戻ることを決断した。結局は家族から、自分自身の責任から逃れることは出来なかった。思えばあそこが、最後の分岐点だったのかもしれない。


 だけど、過ぎた出来事にもしもを想像しても仕方がないし、選択を後悔もしていない。そのおかげで矢継彦は今、白羽から託された大切な使命を一つ、果たすことが出来るのだから。


 赫美山の入口付近が、一際騒がしくなった。鬼の喉から白羽が連行されてきたのだ。間もなく、学校の裏手に止められた警察車両に乗り込み、尾荷尾警察署へ向かうことになる。そうなればもう、手出しをすることは難しいだろう。チャンスは今しか残されてはいない。


「……白羽も酷なお願いをしてくれる」


 表情を隠すかのように、アーチェリー用のフィールドスコープで標的を確認すると、矢継彦は持ち込んでいた弓に矢を装填し、引き絞った。


 その名に弓と矢を持つ弓形家の男子は、幼少期から弓道の技を叩きこまれる。元々は大昔に、敵襲に対する自衛手段として弓の技術を磨いていたのが始まりだそうだが、まさか現代になって人間相手に弓を引くことになろうとは。弓形家の終焉と同時に、因果も巡っているのかもしれない。


「……せめて、一撃で」


 狙いを定め、矢継彦は渾身の一射を放つ。

 標的目掛けて真っ直ぐと飛んでいった矢は、警察官に両脇を固められていた弓形白羽の心臓へと命中した。


「約束は果たしたよ」


 心臓を射抜かれた白羽は力なくその場に倒れ込む。倒れ際の白羽は、矢継彦が約束を果たしてくれたことに感謝し、満足気に笑っていたが、スコープでその顔を直視する勇気は矢継彦にはなかった。


「大好きだよ。姉さん」


 この日、弓形矢継彦は人生で初めて殺人を犯した。白羽の命を奪うのはきっと自分だろうと、子供の頃からそんな予感があった。そしてその予感はやはり正しかった。こんな形でとは、思っていなかったけれど。


「屋上だ! 屋上にいるぞ!」


 射手の位置に気づいた警察官が声を張り上げる。


「悪いけど、まだ捕まるわけにはいかないんだ」


 白羽との約束はまだ残されている。今はまだ警察の手に落ちるわけにはいかない。矢継彦は学園の屋上から撤収し、そのまま逃走した。

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