ラバーズロック

水貴育古

序章 包囲辞令

序章


 199X年3月。


 呼び出しがかかっていると言われ、立樹三朝(24)は警視庁の最上階にある警視総監室に出向いた。

「お呼びですか?」

「ああ、来たか。まあ掛けなさい」

 警視総監である佐木沢宗佑(55)がソファに座ったまま、自分の前を指し示した。

 だがまだ1人、中年の男が座っている。その男が振り返って三朝と目が合うと、親しげにほほえんで片手をあげた。

「山本警視監……」

 三朝は、自分のイヤな予感が当たったことを察した。

 この2人が自分を呼ぶという事は、つまり、その話しかあり得ないではないか。


 秘書がお茶を出して去って行く。

 佐木沢が三朝に言った。

「最近はどうだ? ちっとも家に寄り付かないじゃないか」

「お話というのは? 総監」

「総監だと? 久々に会ったと思えば……その呼び方なんとかならんか? 人前ならともかく」

「一番寂しがってるのは佐木沢なんだぞ」

 山本が三朝に言った。三朝は苦笑いをして見せた。


 この佐木沢と山本は同期生で、大学時代からつき合いがあるという。何十年来のいわば戦友だ。

 そして佐木沢は三朝の伯父にあたる。両親他界後、高校入学時から三朝を引き取って世話してくれた大恩ある人物だ。

 ちなみに山本には研修時代に上司として世話になった。


「今日呼んだのは他でもない。察しは付いてるだろう。山本本部長もいるしな」

「…………」

「JPOマスターセクションのことは知ってるな?」

「はい」

「お前もよく知る椎名君がいるのは、その第3隊だ。そうだな?」

「はい。そう聴いております」


 『椎名』と聴いて思わず意識する自分を、三朝は感じていた。

 研修先で直属の上司だった椎名隼人は、三朝より半年遅れの去年9月に帰国し、現在はJPOマスターセクション第3の主任捜査官をしている。三朝も会議や事件現場で何度か顔を合わせたが、ゆっくり話をする機会はなかった。


 今度は山本が話し始めた。

「マスターセクションには秘書官はいても、どの隊にも女性捜査官がいない。捜査を進める上では、実際これで苦労してる。被害者が女性の場合、犯人が女性の場合……キリがない。メンタルな面でもケアーがきかないことがあって、私としてはすぐにでも女性を投入したいと思っている」

 もう話は見えている。

 三朝をそのマスターセクション初の女性隊員として抜擢する――。

 それが、この2人の目的だ。

 JPOマスターセクションへの抜擢は刑事としては夢のようだが、情けないことに自信がない。

 でも警視総監と警視監に囲まれ、直々に辞令を出されたら断れない。

 もう覚悟を決めるしかないようだった。

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