第3話 勉学

ハンスがこの世界に転生してから1か月の月日が流れた。


時に、聖明歴936年5月10日。


1か月という月日はあっと言う間であったが、これまでの人生で経験してきたことがひっくり返るような日々の連続であった。


特に、魔法に関する技術は経験したことが無かった為、自室に籠って魔法のやり方や魔法学の基礎となる調合術や、科学とは異なる計算方式などを覚えるのに必死であった。


理科の実験でもやったことのあるようなヤツはまだ分かるが、もう少し学年が上がれば魔法の杖を使って物を浮遊させる授業であったり、専用の飛行ほうきを駆使して空を滑空するという授業があることも判明。


ただし、魔法のほうき使ってを飛ぶことが出来るのは15歳以上であり、飛行適性検査において「C」判定以上でなければならないという規則がある。


この適性資格が無い場合は、飛行魔法を免除する代わりに別の授業を講義する必要があるという。


ハンスが調べたところによると、魔法のほうきはバイクや自動車と同じく、免許制となっているのだ。


免許制が無かった時代に数々の問題が起こったことで免許規制対象となった。


元々この世界では古来より魔法使いなどが使用しており、歴史が長い乗り物である。


だが十年前に魔法のほうきを生産する会社が規制緩和を行って誰でも乗れるようにしたところ、ほうきに改造を施して速度を出せるようにした違法改造ほうきが大流行。


飛行適性のない若者が暴走行為を引き起こし、柱や建物に激突したり第三者を巻き込んだ死亡事故が多発して社会問題になった。


結果、魔法省と運輸省が大々的に規制を行ってこれらの違法改造されたほうきは市場から姿を消し、免許制度が導入するようになったそうだ。


逆に言えば適性さえあれば誰でも空を飛べる。


空に対する規制のハードルは、ヘリコプターや飛行機の操縦免許を必要とした前世に比べてかなり低い方だろう。


(魔法のほうき……か……軍も飛行歩兵としてこれらの兵士を飛ばしているみたいだが、やはり私としては大きくて力強く、それでいて急降下爆撃が出来るような乗り物がありがたいな……)


空飛ぶほうきも興味があるが、一番ハンスの興味を引き寄せたのが飛行生物に関するものであった。


この世界ではワイバーンと呼ばれる飛行型ドラゴンが存在している。


ワイバーンには自然界に存在している野生種と、人間側が飼育して品種改良を行っている種に分けられている。


人間側が飼育している種は『騎乗用飛行生物』として多岐に渡って活用されており、このうち戦闘用に適したワイバーンが空軍に配備されているのだ。


これらのワイバーンの主な目的は上空からの地上攻撃と偵察任務、制空権の確保。


前世における戦闘機の役割を担っているのだ。


このワイバーンに関して300年以上前に野生品種を捕まえて飼育と繁殖に成功したのが、ハンスが住んでいるプレスニア王国である。


当時は王都ディスクとその周辺地域のみを統括する弱小国であったが、ある日王族の道楽で幼い頃から飼育していたワイバーンの背中に跨って戦う王族が誕生。


それが当時のプレスニア王国第7王太子のエルベであった。


エルベ王太子は天性の才を以って愛騎のワイバーンと共に勇猛果敢な行動によって諸外国からの侵攻を跳ねのける事に成功。


彼の参加した戦場では連戦連勝であり、一度も敗北することは無かった。


だが、隣国との最後の決戦でエルベ王太子は敵軍の放った槍で戦死してしまった。


後にエルベ王太子は国の守り神として今日まで崇められる存在であった。


生前までエルベ王太子の教育を受けてワイバーンを与えられた複数名の兵士に「パイロット」という名称が与えられて王家専用のワイバーン部隊が結成。


数十年の月日を経て、品種改良などを重ねてワイバーンを数百匹まで揃えた。


その圧倒的な空軍戦力をもって、プレスニア王国はかつて自分達を虐げてきた周辺諸国を武力で次々と併合。


融和的な同化政策を実施した。


現在プレスニア王国はこの世界の列強国として名を連ねている。


今のハンスが目指すのは、このワイバーン乗り……パイロットになることである。


そのワイバーン乗りのパイロットの中でもトップクラスの技能を持っている者には『ドラグーン』という特別な名称を与えられているだけに、空軍の中でも人気の花形ともいうべき存在である。


当然ながら一般の士官学校に受かるよりも遥かに倍率も高い。


(非常に狭き門だが……やってみる価値はありそうだ……)


ハンスは前世において空軍学校の狭き門を一発合格した実力こそあった。


……が、この世界における基礎となるものが科学知識ではなく魔法知識が主軸に置かれている関係で、ハンスは最初から手探りの状態で魔法を学ぶことになった。


知識は戦場においても必須であり、独ソ戦においても彼が空軍学校で学んだ基礎訓練は大いに役立ったのだ。


故に、勉学を欠かさずに一から学んでいる姿を見たハンスの両親は、感心した様子で彼を見守っていた。


それは学校の同級生たちも同じであった。


「ハンス、今日も図書館で勉強か?」

「うん、どうしても分からないことがあるからね。それを調べたいんだ」

「あんまり無茶しすぎるなよ?この前みたいに飛び降りなんて御免だからな?」

「勿論、それは肝に銘じているさ」


転生する前のハンスは、同級生たちとつるんで放課後は商店街に立ち寄って軽食を食べて帰る事も多かった。


おかしな所はあれど、同級生たちと仲良く過ごす事が出来ていたのである。


落下傘降下をして以来、ハンスの精神にはドイツ軍のエースパイロットであり、爆撃機パイロットとしての経験がある魂が入れ替わる形で彼の身体を操っている。


故に、子供らしい寄り道もしてみたいとは考えてはいるものの、ハンスとしては今の生活において魔法の基礎学力に付いていけなくなる事態を恐れているのだ。


下手に学力が足りず落第や留年という事態になれば、教師や両親の顔に泥を塗ることになる。


これに加えて、この世界における空軍も基本的には高等知識を必要としているため、体力だけでなく学力も必要不可欠な要素。


(たとえ科学と魔法が違っていても、基礎となる学問には共通点がある。それさえ分かればあとは予習と復習を繰り返して覚えるようにして頭に叩き込めばいい)


まずハンスは朝起きたら牛乳を1リットル飲んでジョギングと自主トレーニングを行い朝7時に朝食を食べる。


学校では一語一句欠かさずにノートに記載を行って教科書を読み倒す勢いで書き連ねていく。


給食も沢山食べて、そこでも支給される牛乳を飲んで体力を付ける。


授業を終えた後も図書館で毎日1時間から2時間ほど宿題を済ませてから家に帰る。


帰宅後に夕飯を食べてから夜9時まで筋トレをし、寝る前に脳内でワイバーンを操縦するイメージトレーニングをしてから寝る日々が続いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る