空の魔王、再び異世界で空を支配する

スカーレッドG

第一章:目覚めの日々

第1話 空の魔王

ハンス・シュレーダーという少年がいた。


好奇心旺盛で、言葉よりも先に身体が動くのが常であった。


両親もハンスが動きまわることを気にしてはいたが、子供は元気に走り回るのが一番良いという理由で、彼の行動を咎める事は無かった。


だがある日、事件が起こる。


ハンスは教室に取り付けられていたカーテンを手に取ると、ハンスは自信満々の笑みを浮かべて言った。


「今から俺は……ここから飛び降りるよ」


これが地上一階の教室であれば、年相応のいたずらとして微笑ましい光景だっただろう。


しかし、ハンスが飛び降りようとしたのは4階の高学年たちが使っている教室であった。


メートル換算にして約12メートル。


飛び降りるにしても明らかに高すぎる場所であり、下手な落ち方をすれば命に関わる怪我を負うリスクが高い。


そんな状況であっても、ハンスは窓を開けるとしっかりとカーテンを握りしめて、開いた窓から身を乗り出した。


「おいおい……ハンス、危ないぞ……」

「もしかしてこの間の漫画でも見たの?」

「カーテンで空を飛べたら魔法試験だって余裕で合格できるよ」

「明日から中間魔法試験があるからってそこまで現実逃避しなくてもいいじゃんか」

「ううん、今なら飛べる気がするんだ」


ハンスは自信満々に答えた。


空を飛べる気がする。


彼自身の心に蠢いていた空を飛びたいという衝動が全身に浸透していたのだ。


それは偶然でも、突発的なものでもなかった。


「ハハハハハ!!!空飛んだら20リムをくれてやってもいいぞ!」

「そうだそうだ!ここまでやるんなら飛んで見せろよ!」


最初こそ同級生たちはハンスの行動を見て呆れたりゲラゲラと笑っていたり、ヤジを飛ばして飛ぶように嗾けた。


いくらハンスでもそこまで無茶なことはしない。


同級生たちはそう思っていた。


だが、決定的に見誤ったのはハンスの度胸と行動力であった。


「エイッ!」


掛け声と共に、窓を開けるや否や一目散にカーテンを落下傘に見立てて、ハンスは窓から飛び降りた。


一瞬の出来事に、傍から見ていた同級生たちは一瞬沈黙した。


何が起こったのか理解出来なかったからだ。


「ハンス!お前!」

「キャーッ!」

「バカッ!何やってんだ!」

「ハンスの奴、飛び降りちまったぞ!」


慌てふためく同級生たち。


窓からのぞき込もうとした瞬間に、ドスンと鈍い音が響き渡る。


カーテンが上手く開かずに中庭に落下してしまったようだ。


女子生徒たちは泣きだし、複数の男子生徒たちが慌てて中庭に落下したハンスの様子を見に行ったのである。


「うぐっ」


ハンスの目論んでいた理想的な落下傘降下は出来なかったのだ。


どちらかと言えば垂直落下に等しい状況であり、魔法が普及しているこの世界においても彼の挑戦は無謀でもあったのだ。


頭を強打したハンスは意識を失い、ぐったりとしていた。


「ハンス!大丈夫か?!」

「全く!4階の教室から飛び降りるなんて無茶苦茶だよ!」

「おい、助けに行くぞ!」


駆けつけた同じクラスのメンバーがハンスを見つけて介抱する。


「……なぁ、ハンス……息しているか?」

「ああ、だけど頭を打ったみたいだ……意識がないよ」

「あー……仕方ない。ハンスを抱えて保健室に向かおう」


ぐったりとしていたハンスの身体を複数人で抱えて、保健室に直行させる。

流石にこんな無茶なことをした例は未だかつてない。


「先生!ハンスを寝かせてあげてください!」

「どうしたのよ、シュレーダー君……かなりぐったりしているじゃない……」

「4階の教室からカーテンを落下傘に見立てて飛び降りたんですよコイツ……」

「……すぐにベッドに寝かせてあげて!治癒魔法で様子を見るわ!」


一先ず重度の怪我を負っていないことを確認した保健室の養護教諭は治癒魔法を掛けてハンスの状態を確認する。


ハンスは意識を失っていたものの、大きな怪我はしていない。


安堵した養護教諭。


しかし、ハンスだけは違っていた。


薄っすらと目を覚ましたが、そこにいるのはハンスではあるが、


(ここは……私は確か……病院のベッドで息を引き取ったはずだが……)


ハンスは周囲を見渡して違和感を覚える。


確かに病院で死亡したはずだったのだ。


正しければ病室のベッドで息を引き取った。


そこまで覚えているのだ。


だが、目を覚ましたらまるで高級ホテルの客室と見間違うかのような装飾が施された一室のベッドで眠っていた。


戦場で吹き飛ばされた片足の感覚もある。


死ぬ間際に見た景色が西ドイツのローゼンハイムにある病院のベッドだったことは薄っすらと覚えていただけに、その違和感が拡大していく。


(……ここは何処だ?ローゼンハイムの病院ではないな……だとしたら一体……)


「シュレーダー君!教室から飛び降りるなんて何を考えているの!」

「……?!貴女は……」

「いいですか!まだ浮遊魔法をまだ習っていないにもかかわらず、飛び降りようなんて考えてはいけませんよ!」

「飛び降り……?」


ハンスが目を覚ましたのを確認した養護教諭が説教をかます。


人に説教をされるなど、久しぶりであった。


そして、ハンスは養護教諭の会話からここが自分が知っている世界ではない事を知った。


まず、魔法が当たり前のように存在している。


電気やガスなどが魔法によって作られている世界ゆえに、科学によって作られていた社会とは一線を画す。


養護教諭が魔法の杖を使って瓶を浮かして空中で薬品を調合しているのを目の当たりにし、おとぎ話の世界と何ら変わりない。


そして、極めつけは部屋に掲げられていた鏡に映った自分の姿と地図であった。


鏡に映っている姿は幼年期の頃にそっくりであり、まるで過去に戻ったかのような錯覚すら覚える。


過去にタイムスリップしたのかと錯覚したが、そうではない。


部屋の地図にはハンスの知らない国名や地形が描かれており、地図の中央には『プレスニア王国』と書かれている。


養護教諭のネームプレートにもプレスニア王国公認養護教諭という肩書が名前の上に書かれていた為、この国の名前がプレスニアという事を知ったのである。


(あのドイツもソ連も無い世界とはな……地図もドイツやヨーロッパ諸国のものではない……魔法だって見たことがないものだ。私は知らない世界で同名の少年と入れ替わったのか……ははは、まるでオカルトや空想科学小説の類だな……)


自身の右足が吹き飛んでも義足を付けて出撃を繰り返し、ドイツに忠誠を尽くした。


そして、その片足を吹き飛ばした仇敵であるソ連も存在しない世界。


ソ連軍最大の敵と名指しで非難され、戦車やトラックなどを数百台以上をスクラップに、並外れたパイロットとして後世の世でも塗り替えることのない記録を作った伝説のエースパイロットとして名を馳せた人物。


ハンス・シュレーダー大佐。


その人の魂が異世界において同姓同名の少年に転生してしまったのである。

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