第6話 空野さんからゆきちゃんへ
家庭科室のとびらを開けると、いい香りが濃くただよっていた。
「きたな、一年柔道部員」
にやりと姉御肌な笑顔で迎えてくれたのは、三年生らしい。ここは家庭科室の部室のようなもんだから、二年生と三年生の先輩女子たちもつどっていた。
「うっす。空野さんからご招待いただきました。田淵雁太っていいます」
「俺は角田たかしです」
まだ柔道着のままの俺たちを、今度は二年生らしき先輩が机と席をくっつけてつくった即席の大型テーブルへとうながす。
「あの、先輩、空野さんたちは……」
「心配しなくても、今ゆきちゃんとくみこちゃんがおいしいものもってくるからね」
「う、うっす」
二年の先輩は、優しそうで面倒見のよさそうな感じだが、俺たちに対して幼児扱いな感じがただよっているな。あんまり歳かわんないと思うけど。というか、俺の方が体すごく大きいんだけど。幼稚園の先生とかになれそうな感じ。
「あ、きたんだね、雁太くん!」
その声に俺はぴんと耳をそばだてる。
清らかなこの声は。
「空野さん!」
空野さんはひよこ柄のかわいいエプロンをして、皿の上にのったお好み焼きを手にもっていた。
いい香りのもとはそれだ。
「おいしそうだね、それ」
「うん、これ私が焼いたやつなの。うまく焼けていると思うから、食べてみて」
「もちろん!」
ああ、学校で空野さんの手料理がたべられるなんて幸せだ。
箸を渡されて、皿が俺の前に置かれる。
もう一枚は、空野さんの友達であろう、くみこちゃん(苗字しらねえ)という女子がたかしの前にお好み焼きを置いた。
たかしはありがとうと、お礼を言うと、何気なく空野さんの方を向く。
「ゆきちゃん、これ何が入っているんだ?」
俺は耳を疑った。
ゆきちゃん? いま空野さんのこと、ゆきちゃんって言った?
俺だってまだ空野さんって言ってるのに。
しかもさらりと言ったよな。今まで空野さんって言ってたと思うけど。
空野さんはふわりと笑顔で、
「豚たま焼きだよ」
と言った。
ああ、そうだよな、この肉の焼けるいい匂いは、豚たまだ。
じゃなくて!
俺も自然に名前で呼びたい。いまここで呼ぶのが一番自然じゃないかと俺は思ってる。
でも、勇気が……。
「雁太くん」
「なに、ゆきちゃん」
とっさに呼ばれて反応してしまった。
でも、ずうずうしいかな。
三秒たって、俺は確認のために空野さんへ質問する。
「……ゆきちゃん……って呼んでいい?」
「うん」
空野さん……ゆきちゃんは、優しい笑顔で俺を見た。
天にも昇る気分だ。
「それよりも、お好み焼きさめちゃうよ。早く食べた方がいいよ」
「ああ!」
ああ! 俺ってしあわせ!
「ゴリラっち、顔赤いね」
「たかし、今日はいい日だな」
「そうみたいだね」
たかしはくすりと笑って、なぜかくみこちゃんと目を合わせて笑い合っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。