2-3 決意

 ユキは言った。

「ごめん、この『宝探し』の事情は――込み入っているんだ。いずれ、詳しく話す」

「え、えぇえ?」

動揺を隠せない蓮。その一方で、

「わかりました」

コクリと頷く初穂。蓮はさらに「えぇっ」と声をあげる。

「いやいやめちゃくちゃ気になるところじゃない? なんで、ってならない?」

だが、初穂の真顔は揺るがなかった。

「ユキ先輩がいずれ話すと言っている」

「え、えぇー」


 「とにかく」

ユキは気持ちを切り替えるように咳ばらいをすると、細長い白い指を組み、二人を見た。

「100年前に実際に龍が目覚めかけ、それを防いだ時の記録には、『4つの道具』を揃え、『イナの舞を踊れ』とある。アタシたちはこの4つの道具を早急に見つけなきゃならない。1つ目は衣装。そして腕輪。最後が、舞の2番の歌詞が綴られた扇……と、研究書にはあった」

「あれ。でも、ですよね?」

「アタシもそこは疑問だったけど、この桐の箱に、腕輪は1個しか入っていなかった。つまり――」

ユキが桐の箱を指した。「あ、そうか」と蓮は手を叩く。

。右の腕輪、左の腕輪、扇、羽衣。それで4個ってことですね」

「そう。その4つはこの学校の中のどこかにある。その4つを探し出し、鳴衣主神社の境内で完全版のイナの舞を行えば……この雨は止む」

ユキの言葉を聞き、初穂が添えるように言った。


 「祠が7個、壊れる前に」


 脳内に、昨日見たひび割れた祠のイメージが浮かぶ。蓮は、緊張のあまり無意識に唇を噛んでいた。ユキに尋ねる。

「さっき、100年前の事案では1日に1個、祠が壊れた、ってありましたよね」

「そうさ」

ユキは頷いた。

「金曜に君たちが見た時は祠にヒビが入っていたと言っていたね。そしてアタシがさっき見に行ったら、祠は完全に壊れていた」

ユキはそう言って、スマホの写真を蓮たちに見せた。蓮も初穂も、小さく息を呑む。祠は、まるで金槌で割られたかのようにぱっくりと割れていた。

「今日を1日目とカウントするなら――」

「龍が目覚めて街に二百日の大雨が来るまで、残り6日間……」

ふる、と身体が震える。蓮は無意識に自身の二の腕に触れた。ひんやりと氷のように冷たい。


 「最初に言っておくね。アタシは明日からの6日間、残り3つの道具を見つけるために動こうと思う」

ユキの高貴な猫のような目には、強い意志が宿っていた。

「できたら、手伝ってもらえると有難い。でも、絶対じゃない。……家族を説得するにはまだ難しい段階だろうけど、家族と逃げたいならば今の内に逃げる準備を整えた方が」

「手伝います」

はっきりとそう言ったのは、初穂だった。


 ユキは、驚いたように初穂を見る。初穂がそんなにもはっきりと意思を口にするのは珍しかった。だが、すぐにユキは口元を緩めた。初穂に向かって、ゆっくりと笑いかける。

「初穂、アタシはね。ちゃんと考えて欲しいんだ。首を突っ込む内容を吟味したうえで、ね?」

「お手伝いさせてください」

初穂の声は、石のように、或いは岩のように硬かった。暫し、ユキは初穂を見つめていた。

 普段伏し目がちの初穂が、今はユキの目を真っすぐに見つめている。その眼差しは、がんとして強くあり、同時に純粋にヒーローを信じる子どものようでもあった。


 ユキはふっと緊張をほどき、自身のつやつやとした黒髪を指で梳いた。二度、三度と、髪の房に指を通す。その顔には、僅かに苦笑が浮かぶ。

「こうなると頑固だよね、初穂は」

そして静かに言った。

「ありがとう、初穂」


 そしてその目は、蓮へと向けられる。


 蓮は、だがすぐに頷けはしなかった。

 正直戸惑いの方が大きかった。伝えられたこと、実際に見た事、これからの憶測。あらゆる情報が多すぎて、全てを飲み込み切れずにいる。

 そんな中で、軽率に「手伝います!」と快諾の返事をすることは、無理だった。

「あの……」

「いいんだ。強制じゃない」

戸惑う蓮を見て、ユキはふっと力を緩め、苦笑した。

「アタシも、もし自分が部活の先輩に『龍が目覚めるんだ。止めたいから協力してくれ』なんて言われたら、そんな顔にもなるよ」


 そんなユキを見ていて、蓮は胸の中にふと、引っかかっている感情があることに気が付いた。

「ありがとうな、話を聞いてくれて」

アッハッハ、とユキはいつものように笑う。


 そうだ。

 ユキはいつも自信満々に、蓮たちを振り回す部長だった。

 けれど今のユキは、どことなく弱気だった。いつも通りに振る舞う笑顔にも、よくよく見ると覇気が欠けている気がした。


――そうか。ユキさんも不安なんだ。


 蓮はそう悟った。だから、言った。

「あの、俺も手伝いたいです」


 「え? いやいや、無理しなくても」

「無理、してないです」

蓮はハッキリと言った。

「俺にもできることがあるなら、手伝わせてください。ユキ先輩の背負ってる不安、分けてください」

「……」

やがて、ユキが小声で言った。

「……ありがとう」

そして僅かに、鼻をすする。


 「本当は、一人じゃやり遂げられるか心配だったんだ」


 生きた人形のような、美しい顔。そんなユキの目にうっすらと涙が滲むと、それは驚くほど可憐で年相応に見えた、が――ユキはすぐさま、手の甲でガシガシッと乱暴に目を擦った。そして大声で言った。

「よしっ! モチベ上がった!」

「あはは……」


 しんみりした空気が取り払われたところで、ユキが「あ」と声をあげ、「久城庵」と書かれた紙袋をテーブルに置いた。

「そうだ。昨日、備品室の捜索をお願いした時に言ったじゃん。御礼はするから、って」

ユキはそう言うと、中からプラスチックの容器を取り出した。

「だからほら、約束のヨモギ餅」

「わーっ!」

蓮は嬉しそうにパッケージを手元に引き寄せた。一方の初穂は黒ぶち眼鏡を押し上げると、自分の分のヨモギ餅を手元に引き寄せ、

「……」

無言で、日常使い用のデジカメのシャッターを切った。


 ユキが紙袋を畳みながら言った。

「水橋、和菓子好きだよねぇ」

「はい! 特に久城庵さんのは全部好きです!」

「あはは、ありがと」

ユキがそう言い終わる頃には、蓮のヨモギ餅はムシャムシャと半分になっていた。

「おいしいぃ」

「いやーイイ顔で食べるなぁ君は」

けらけら笑いながら、しかし芝居がかった表情で眉を寄せ、ユキは言った。

「だが、水橋にとって人生で一番美味しかったお菓子はうちのじゃないんだろ? 悔しいモンだな」

「はぁ……すんません。それが和菓子だった事だけは覚えてるんですけど……小さい頃過ぎて。でも、久城庵さんのお菓子は全部食べたけど、なんか違ったんですよね。死んだばあちゃんの所で食べたのかなぁ、やっぱり」

「ま、別にいいけどさ」

ユキは蓮の美味しそうに食べている姿を見て満足したように微笑むと、「ほら、食べなよ」と初穂にも促した。


 初穂は10枚ほどヨモギ餅の写真を撮り終えると、ようやくパッケージを開けた。


***


 「さて、腕輪の次は何を探すかについては――ああ、もうこんな時間か」

ユキは桐の箱を撫で、言った。

「詳しい事は、また明日決めよう。焦ってもしょうがないし、今日は君たちも色々と頭に詰め込んで、疲れただろうし」

そしてユキは、アッハッハといつもの甲高い声で笑った。

「実を言うと、アタシが一番疲れてるのさ。だから今日は解散。また明日、いつもの部活の時間に集まってほしい」

「わかりました」


 帰り際、ユキは釘を刺した。

「いい? この話はとにかく、知ってる人を減らさなきゃいけないのさ。今の所、例えば言い伝えとか祠とか、色んな事が符合してるけど、全部ただの偶然ってこともある」

ユキの言葉を受け、初穂がカチャリと黒ぶち眼鏡を押し上げ、言った。

「集団パニック」

「そういうこと。あと6日でこの街は伝説の大雨に襲われますなんて事、不用意に広げたくない。秘密を強要してしまって悪いけど、家族にも漏らさないようにしたい。アタシもそうする。分かった?」

「……分かりました」

蓮は神妙に頷いた。初穂もまた、深く頷く。


***


 大変な事になってしまった……。

 そう思いながら階段を降りていく。灰色の雨が降っている、暗い生徒玄関で。


 「あ……」


 シューズロッカーにもたれ、カレーパンを食べている京平が居た。

「あっ、蓮ちゃん」

カレーパンを持っていない方の手が、ふりふりと忙しく振られる。

「え、京平。お前……えっ、なんで?」

「うん? 部活長引いたから、ついでに蓮ちゃん待とうと思って」

そこまで朗らかに言ってから、京平はふと、何かに気づいた様子で蓮を眺めた。黒目の大きな柴犬に似た垂れ目が、そぅっと細くなる。

 京平は、半分残っていたカレーパンを二口で飲み込んだ。

「ねえ蓮ちゃん」

「な、なんだよ」


 京平は言った。


 「俺に何か、ある?」



<続>

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