第36話 解放

 扉を開き、可能な限り音を立てないようにしながら、建物内に俺は侵入する。

 見たところ、思ったより内装は荒らされてはいないようだった。


(……ボスが住まう場所だからってことか)


 戦闘の形跡もほとんどないあたり、この館に限り威圧して制圧したのかもしれない。

 とはいえ、完全に盗賊のいる形跡がない、というわけではなく。


(――額縁の跡)


 壁には額縁がかかっていたであろう部分に、引っかき傷のような跡がついている。

 明らかに無理やり移動させた跡だろう。

 おそらく、移動させられた先はボスが住まう部屋か……。金目の物は一切合切ボスの部屋に集めているのかも知れない。


(……しかし、誰もいないな)


 しばらく足を進めても、誰の気配もしない。

 元々ここに住んでいた人たちがいないのはともかくとして、警護の盗賊の一人や二人はいてもおかしくない、とは思っていたが。


(まぁ、ラッキーだ。早期決着できて困ることはないからな)


 そう思い、足を進めていた時。



 ――ガタガタガタ!



 不意に、何かを揺らすような音が聞こえてくる。

 その音には、金具のこすれる音も混ざっていて――。


(ドアの音――!? くっ、やっぱりまだ中にいたか――!)


 俺は剣を取り、いつでも戦えるように身構える。

 棚の陰に身を置き、じっと敵が来るのを待つが……。


(……誰も、来ない?)


 いつまで経っても足音の一つも聞こえてこない。

  

 ――ガタガタガタ!


 再び、あの音が響く。

 しかし、やはりその音がしたきり、特に変化がない。

 ……ドアが風にでも吹かれたか?


 周囲を確認し誰もいないことを確認して、俺は音のする方向へと少しずつ近づいていく。

 そうしていると――。


 ――……はぁ。


 人の声――!

 ただ、その声は盗賊たちのがさつな声ではなく、毒気を感じないなんだか気の抜けたもの。

 建物の住人か……?


 俺は、声のした方向へ歩き向かう。

 少しして、通路の先――そこに先ほど音がしたであろうドアを発見する。


「……ん? お、おぉ? もしやそこに誰かいるのかな?」


 気配を感じたらしく、ドアの向こうの主の声が呟く。

 一応、聞いた感じ危険性はなさそう、か?

 盗賊たちに閉じ込められた住人だろうか。そんな事を考えていると。


「いやー、もしもーし! キミキミ、ちょっといいかな。この哀れな籠の鳥である私を助けようとは思わないかね」


 ちょっと想像していたよりクセが強い救難要請が飛んでくる。


「……この館に住んでいたのか?」


「ん? あぁ、いや。私はある個人的な目的があって、この街まで来たのだがね。村に入るなり荒っぽい連中にエスコートされて、こうして哀れな籠の鳥となってしまったわけさ」


 旅人――ということだろうか。

 とりあえず、出たがっているようなのでドアノブを回してみようとするが、ガッチリと引っかかって全く開く様子がない。

 ドアを確認してみると、ドアノブの側面に鍵穴があるのが確認できた。


「悪いが、カギがないと開けられそうにない」


「この際、カギで開けずにぶちやぶってもらえたりはしないか? 私が思うにあの荒っぽい人々のことだから、カギもどこかに行っていやしないと……」


「いや……そうしたいのは山々だが、かなり立派なドアだ。難しい」


 ドア自体がかなり厚い。

 試しにこづいてみても、その質量が指の骨を伝わってくる。


「うむ、たしかにこのドアはいい仕事をしている……。職人の技巧がうかがえるものだ。確かに壊すのは気が引けるというのは私も同感だな」


 いや、立派だから壊すのをためらっているわけでもないが……。


「俺がボスを倒してカギのありかを吐かせる。それまで待っていてくれ」


「なんと!! 勇敢なのだな、キミは! わかった。ここの扉を開けてくれた暁にはキミの頭をナデナデしてあげよう」


「いや、それは特に……」


「いや何、遠慮することはないぞ。頑張った人を褒めるのは当然のことだからな、うむ」


 なんだか、こうして話していると困ってなさそうにも感じてきてしまう。

 とはいえ、多分閉じ込められているから実際に困っていることは間違いない――多分。


「私はマグノリアだ。では、私はここでいい知らせを待っているぞ」


 ……まぁ、とりあえずとっととボスを倒してしまうとしよう。


  *


 館の最奥。ひときわ立派な両開きのドアを発見する。

 おそらく、ここがボスが居座る部屋だろう。

 さぁ。


(――ブラズニールを解放するとするか)


 俺は両の手をつき、ドアを勢いよく開放する。

 バダム、と大きな音を立ててドアは開かれ――その中にいた人物が明らかとなる。


「……どうした、ドルゴ? 騒ぎは収まったのか?」


 角の折れた兜に、薄汚れた鎧。

 無精髭を生やした男が、おそらくこの街のトップが座っていただろう椅子に偉そうに身体を預けている。

 その手には何やら高級そうな皿が握られており、神経質に布で皿を磨いている――ようだった。


「――見張りをやっていた男がドルゴなら、すでに俺が倒した」


「あぁ……?」


 話している人間がドルゴではない、と気づいたらしいボスがこちらに目をやる。


「てめぇ……街の人間じゃねぇな。誰だ」


 ボスの目に敵意が宿る。


「俺はヴィトルム・アルトラス。……このブラズニールを解放しにきた」


「……アルトラス?」


 ボスは、「アルトラス」という部分について反応したかと思うと。


「はっはっはっはっ! 何を名乗るかと思いきや、『アルトラス』とは!」


 ボスが手を叩いて大笑いする。


「あの『アルトラス』がこんなところに来るわけねぇだろうが! だいたい、なんだお前あそこのクソ息子について知らねぇで名乗ってるみたいだけどよ。アレが誰かを救いに来るようなタマかァ? もっと、お勉強したほうがいいんじゃあないかぁ!?」


 嘲り笑いながら、ボスが話す。

 ……まぁ、たしかに元のヴィトルムなら、このボスの言うこともそうなんだが。

 

「まぁ、よく来たよ。侵入者。……本当のてめぇが何者かは知らねぇが、ここまで来たことは褒めてやる。だがなァ!」


 ボスは机を思い切り蹴飛ばし、立ち上がる。

 先ほどは座っていたのでよく見えなかったが、立ち上がってみると――。


(――太陽の紋章!)


 ジークヴァニア王国騎士の紋章が鎧の方に刻まれていた。

 ただし、そのマークは上から紫色の塗料で斜めの線で上書きされているが。


「わざわざ、このダイン様の前に出てきたのは間違いだったなァ!」


 腰の剣を抜き、盗賊のボス――ダインがこちらに肉薄してくる。

 そして、その剣を大きく振り上げ、こちらに振り下ろさんとする。


(おっと――)


 俺は、ダインの攻撃を体をひねってかわす。


「村の占領が元騎士のやることか……!」


「はっ! 元々俺ァ騎士道なんてもンに興味もなかったもンでね! 力で解決できンならそれが手っ取り早くていい!」


 乱暴な剣戟が、何度も俺を捉えようとして飛ぶ。

 かなり直接的な軌道、正直かわすことはそれほど苦労はしないが……。

 攻撃自体が激しく、なかなかこちらが攻撃に出るタイミングがない。


「ちょこまか動きやがる! おらおらァ! どうした! 逃げてばっかりでいいのかァ!?」


 ブン! と巨大な鋼の塊が振るわれたかと思うと、部屋にあった花瓶を引っ掛けたらしく、激しい音を立てて花瓶が飛び散っていく。

 なるほど――なんて力任せで、スタミナ任せな戦い方。


(定石なら、スタミナが切れたタイミングを狙い、一気に勝負をつける――)


 おそらく、その戦い方自体は可能だ。

 ここまでの攻撃に、おおよそ『技』というものはない。相手の攻撃のクセを掴めさえすれば、避け続けること自体はできる。

 ただし。


(――こんなバカみたいな戦いをするやつだ、スタミナはかなりだろう)


 ここまで、ダインの攻撃は一切緩むことなく、全力の剣戟が続いている。

 さすがにこれがずっと続くとなると、こちらの回避のスタミナも怪しくなりかねない。

 後ろに下がり続けるのは空間的なアドバンテージを失い続ける、ということでもある。

 

 なら――。


「はぁっ――!」


「ぐっ――!?」


 ――ガギィィインッ!


 俺は剣を振るい、ダインの剣先を弾き飛ばす。

 全力で攻撃していたダインは姿勢を崩すが、それでもすぐに持ち直し。


「はっはっは! そう来なくっちゃなァ!」


 再び全力の剣戟に転じる。


(とりあえず、これでダインの攻撃で後ろに移動させられることはなくなったが――)


「おらおらおらおらァ――ッ!」


 ダインの暴力的な剣戟の嵐がこちらに何度も襲いかかってくる。

 俺は、すかさずその軌道を読み、ダインの剣戟を一つ一つ逸していく。


「はっ! ただのノボせたガキに思ったが、なかなか食い下がるじゃねぇか!」


「それはどうも――!」


 だが、一歩足りない。この拮抗を崩すには一歩が。


(俺は――いつだって、デクラウスに剣が届いたことはなかった)

 

 剣術訓練において、俺は常に始まりは攻勢。

 にも関わらず、デクラウスの剣戟は俺の攻撃をいなし――そればかりか、いつの間にか守勢から攻勢へと切り替わる。そうなった瞬間に、俺の剣は一切の勝ち目を失う。


 デクラウスの【パリィ】はただ、拮抗させるだけのものではない。

 守りに見えた――最大の攻撃だ。


(俺と何が――何が違う?)


 ダインの暴力の嵐の中、俺は思考する。


「ちっ、フカすだけあって、技術はそこそこってか。だがァ! スタミナは俺のほうが上ェ! はははははっ! 流れはこっちにあるんだよォ!」


 流れ――。


 ふと思い出す。剣戟をいなしたとしても、立ち回りは続いている、と。

 そして、実際に俺はパリィで弾いたにも関わらず、踏み込まれ窮地に陥った。


 それなら――。


「ぬっ――!?」


 俺は、ダインに一歩踏み込む。

 懐に肉薄されたダインがじわりと、引き下がる。


(――これだ、攻めの【パリィ】!)


「こいつ……! まだ諦めねぇかッ!」 


 ダインがすかさず反撃に転じる。


 ――踏み出す。


 剣戟をいなし、俺は先へ一歩。


「ぐっ……!?」


 ――踏み出す。


 剣戟をいなし、俺は先へ一歩。

 一歩。一歩。一歩――俺は足取りを進める。


「何っ!? くっ、くそ――!」


 後ろに下がろうとしたダインが、先程蹴飛ばした机に阻まれる。


「ふざけてんじゃねぇぞ、クソガキがあぁああああ――ッ!」


 追い詰められたダインが激昂。

 起死回生の一撃。


(――この隙!)


 直線的で、大振りすぎる一手。

 それは、こちらにとって最大の攻撃好機だった。


 俺は剣を無心で振り抜く。


「がぁあああああッ――!?」


 俺の剣戟が、ダインの鋼鉄の鎧に思い切り叩きつけられる。

 鎧に伝わったその衝撃は、ダインの大きな身体を軽々と吹き飛ばし。


 ――ガシャアアン!


 窓にダインを叩きつける。


「ぁ、あ……」


 その衝撃をもろに食らったダインは床に伏し、その痛みにあえぐ。


「く、くそっ……ふ、ふざけやがっ……お、俺は、元王国騎士だ……ぞ」


 うわ言を言いながら、地面に手をつき立ち上がろうとするダインだったが、そのまま力なく崩れ落ち沈黙する。


「……よし」



 ――これにて、ブラズニール解放作戦終了だ。

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