第35話 夜襲

 ――ブラズニール。


 日も暮れ始め、微かな夜闇が空に浮かび始める。

 本来であれば、思い思いの人々が家々に戻り、夕餉の支度をする頃合い、といったところだが。


「やめてくれぇ! そ、そのお酒は女神様にお捧げするお酒で――!」


「うっせぇぞ! 今、この街を取り仕切ってるのは、女神か、俺達か? あァ!?」


「そ、それは……あ、あなたたちです」


「あなた様たち、だろうがよォ!」


「あぅっ……!?」


 緑色のターバンを撒いた盗賊の男が荒々しく叫び、店主の男を思い切り蹴り飛ばす。

 蹴り飛ばされた店主はそのまま背中から倒れ込みその痛みに咳き込むが、誰も店主を助けようと思うものはいない。


「痛い思いしたくなきゃ、俺達の言うことを聞いておけば良いんだよ。……なァ?」


 店主の男の周囲にいる者は全て盗賊――。

 痛々しいその光景をただ、ニヤニヤと笑いながら眺めるばかり。

 

 ――今、このブラズニールは完全に盗賊団の手に落ちていた。


「へっへっへ、タダで酒が飲めるってぇのはいいもんだぜ」


「いやいや、タダじゃないさ。ソイツはここを占領した報酬だ」


「お!? ソイツは言えてるな。たしかに、戦勝品・・・をどう扱おうが俺達の勝手だものなァ!」


 乱暴に酒の封を解き、口いっぱいに盗賊が酒を含む。

 口の端からは、飲みきれなかった酒が滴る。


「ぷはぁーっ! うめぇうめぇ! こんなん女神様にやるのはもったいねェよ!」


「おい、全部飲むんじゃねぇぞ。ボスの分も用意しとかねぇと」


「いやいや、まだまだ全然あるから大丈夫よ。ま、全部もし飲んじまったとしてもまた作らせりゃイイだろ? 当分騎士団もどうせきやしねェ!」


「ブン殴られるぞ、お前……。まぁ、いいや。おい、俺にも飲ませろ」


 どこからともなく杯を取り出し、酒を待つターバンの盗賊。

 乱雑に酒瓶を傾け、杯に注がれようとしている――そんな時だった。



 ――ジュッ。



 街の松明が突如にして、消える。


「ぬわっち!? おい、誰だ灯り消したやつ! 酒がこぼれちまうだろうが! ざけんじゃねェ!」


 暗闇の中で酒瓶を持ったターバンの盗賊がわめく。


「誰も消してねぇよ! ……風でも吹いたんだろ。今点け直すからちょっと待ってろ」


 向こうから別の盗賊の声が聞こえてくる。

 が、しかし。


「――うわぁあっ!?」


 暗闇の中で、鈍い音と悲鳴が響き渡った。


「……おい、どうしたよ?」


 ターバンの盗賊が尋ねるが返事は返ってこない。

 と、続くようにして。


「――ぐおおおっ!?」


 再び、暗闇の中で誰かの悲鳴が聞こえてくる。


「おい……。クソッ、誰かいやがるのか!?」


 ターバンの盗賊が闇の中目を凝らす。

 しかし、先程までの松明の灯りに目が慣れきっていたせいで暗がりの中にいる存在をなかなか見つけ出すことができない。

 腰の剣を手に取ろうとするが、持っていた酒瓶にぶつかりガチンと音を立てて阻まれる。


「バカ! 酒なんざ後だ!」


「ち、ちくしょう……。おらァ! 出てこいクソが! どこにいやがる!?」


 酒瓶を投げ捨て、ターバンの盗賊は剣を取り出し臨戦態勢へ。

 そのまま近くの盗賊と距離を詰め、来る侵入者を捉えんと目を光らせるが……。

 やはりその姿を捉えることは出来ない。


「おい、何の騒ぎだ!」


「おっ……ありがてぇ、灯りが来やがった! おい、よこせ!」


「ちょっ、おい――」


 騒ぎを聞きつけたであろう別の盗賊がランタンを持ちやってくる。

 しかし、たどり着くなりそれはターバンの盗賊に奪われ、暗闇の向かって掲げられた。


 ランタンの中の細いロウソクの火では、それほど遠くまで照らすことは出来ないが――やがて、暗闇の中に大きな影が現れる。

 盗賊たちは、その方向にランタンを近づけると――その正体が見えてきた。



「――おん、な?」



 灯りの中に照らされたのは――灰色のドレスに、不気味なほど白い肌の女性。

 ヴェールを被り、その表情はごく穏やかに目を閉じられている。


 動きもなくただじっと暗闇の中で、女は佇んでいる。

 なぜ、こんなところに女が一人でいるというのか? その美しさは――今の盗賊たちにとってはあまりに、不可解で不気味。

 明らかに人に見えるというのに――その女からはおおよそ息遣いというものを感じられない。

 そして、その頭頂部にはなぜか。


(……バケツ?)


 と、その時だった。


「おい、水が浮いて……わぶッ――!?」


 ターバンの盗賊の近くにいた盗賊が瞬時に吹き飛ばされ、水しぶきが飛ぶ。


(まっ、間違いねぇ――こ、こいつだ――!)


 確信を得るターバンの盗賊。


「侵入者だーッ! お前ら、ドレスの女をブチ殺せぇーッ!」


 剣を抜き、ターバンの盗賊が叫びながら女に走っていく。

 暗闇の中だが、近くの盗賊たちも気づいたようで、女の方向に走っていく音が聞こえる。


 何かあの女は魔法のようなものを使うようだが、それでも盗賊たちは剣やら斧やら持っている。つまり、多勢に無勢だ。


(何も手に武器も持っていないなら、近づいてしまえばこっちのものだろうがよォ!)


 ターバンの盗賊は暗闇の中、そんな事を考えていたが。


 ――ピシャリ。


「えっ……」


 ターバンの男が次に見たのは、水の壁。

 自分の胸まで届くような水の壁が、轟音を響かせ接近してくる。



「うわあああぁぁぁぁああああああ――ッ!?」



    *



 俺は、少し遅れてブラズニールに侵入する。


(シロゴのやつ――思ったよりだいぶ暴れているかも)


 街の正面の方からは、盗賊たちの悲鳴が聞こえてくる。

 さすが、ルサルカを元にしただけあって戦闘力はかなりのものと考えて良さそうだ。


(正直、最初の戦闘はぜひ俺も見ておきたかったが――まぁ、しょうがないか)


 そんな事を考えながら、ブラズニールの町中を移動していく。

 ところどころ灯りが消えているのと、シロゴが暴れているおかげか、街の中を走っていてもまったく盗賊たちの目に止まることはなかった。


(ひとまず、今のところは作戦はうまくいっているらしい)


 おそらく、今はデクラウスも救助に向かっているだろう。

 だとすれば、後は俺がボスの部屋にたどり着くだけの仕事だ。


 そうして走っていると――ボスがいるであろう館にたどり着く。

 物陰に隠れ、扉付近を見ると。


(……さすがに、見張りは動いてないか)


 扉の前には見張りの盗賊が一人。

 よくよく見てみれば、館の警備を任されるだけあって、盗賊の中ではかなり頑強そうな感じだ。

 


「くっ……ど、どうなってやがる、なんなんだあの悲鳴は……?」


 見張りの盗賊が、街の中心――シロゴが暴れているであろう方角をじっと眺めている。

 かなり騒動に興味は持ってくれているようだが……それでも、持ち場を離れる様子はない。


(ボスに報告、あるいは向こうに加勢――とはいかなさそうか)


 うまく行けば、戦闘なしで潜り込めると思ったんだが。

 様子を見る感じ、シロゴの戦闘力はかなり上がっている気がするが、それでも陽動となれば絶え間なく敵を相手にし続けることになる。

 ここはあまり時間をかけたくはない。


(……そうだ)


 俺は後ろを振り向く。


「クロゴ、来い」


 ジジ、ジ――。


 随伴させていたクロゴを、近くまで呼び寄せる。

 足元に黒い――影のようなものが来た、気がする。多分、これがクロゴか?


 ……こう、暗くなっていると本当に保護色で良くわからないな。

 何か、確認しやすいものをつけておくべきだったかもしれない。


「クロゴ、あの扉の前にいる男――あの男の足元へ勢いよく飛び込め」


 ――ジ、ジジ!


 クロゴが俺の足元を抜けて行き、扉の前にいる盗賊の元へと勢いよく向かっていく。

 この暗さに、あの騒動――クロゴを見つけることは困難なはず。

 と、すぐに。


「なっ、なんだ!? 黒い、スライム……いや……!? くそ、離れやがれっ――!」


 扉の前の男がクロゴに足を取られ、慌てふためく。

 よし、このまま行く。


「悪いな、ボスのもとへ行かせてもらうッ!」


 俺は勢い良く飛び出し――屈強な盗賊のみぞおちに、剣の柄頭を思い切り打ち付ける。


「ごはっ――!? くっ、くそ……きたねぇ、ぞ……」


「……お前たちに言われる筋合いはない」


 騎士団が動けないタイミングを狙って街を占領するほうがよっぽど悪質だろう。

 ……まぁ、俺も闇討ちしていることに違いはないが。

 とはいえ、余裕があるわけではない。被害を抑えるためには迅速であることが第一。

 手段は選んでいられない。


「さて、盗賊共のボスとご対面だな」


 館の扉をじっくりと見据えて俺は言う。


 ――ブラズニールの解放は近い。

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