第2話 奇跡の野菜と資材スライムの隠れた仕事

ミオが畑のど真ん中で泥まみれになって倒れてから三日。

村人たちは半ば呆れ、半ば諦めていた。


「どうせ、また使い物にならへんのやろなぁ」

「畑仕事もせんと寝とるだけや」

声は、畑の土と同化するようにくぐもっている。

ここは、グランベルク王国の最南端、アルティ村。

痩せた土地で、みんなが必死に働いている。

うちを呼んだ子供、たしかティナといったやろか。

彼女も、泥だらけの小さな手で、黙々と鍬を振るっていた。

「あいつ、マジで使えんわぁ。奇跡の土って言ってたけど、どうせまぐれやろ!」

そんなティナのぼやきも聞こえる。


だが。

そんな村人たちの言葉をよそに、ミオが『天穿鍬ヘヴンブレーカー』を振るった区画の畑は、驚くべき変化を遂げていた。

硬かった土は、まるで別物みたいにフカフカになった。

足を踏み入れたら、ふわりと沈み込むほどに柔らかい。

一週間前に蒔いたばかりの黄金麦は、もう人の背丈ほどに伸びて、穂がパンパンに膨らんでいる。

黄金色の穂は、太陽の光を浴びて、まるで金色の波みたいに揺れていた。

虹色野菜は、鮮やかな七色の輝きを放ち、土から突き出た根っこが、まるで宝石みたいに瑞々しい。

通常の倍以上の速さで、しかも、見るからに品質が高い。


「なんや、これ!?」


最初に気づいたんは、村の長老やった。

彼の驚きの声に、他の村人たちも目を疑う。

「嘘やろ……?」

「夢か……?」

口々に呟く。


「まさか、あの新入りの娘が……?」

長老の目に、かすかな希望の光が宿る。


収穫された黄金麦は、一粒一粒が輝いて、通常の何倍もの重さがあった。

口に含んだら、香ばしさが口いっぱいに広がって、今まで食べたどんな麦よりも甘い。

虹色野菜は、甘くて栄養満点やった。

病に伏せてた子供が食べたら、みるみるうちに元気になったいう話や。

たちまち、ミオは「奇跡の農奴」として村中で話題になった。

やけど、その「奇跡」の主は、未だに工房(畑の隅に簡単な小屋を作ったんやけどな)でぐっすり寝とったわ。

「ふぁ~あ……」

寝言やろか。

ミオの口元には、うっすらと涎の跡が見える。

その間、ミオは夢を見とったんや。

夢の中のうちは、最高の工房で、湯気を立てる焼きたてパンを頬張っとったわ。

(……早よ、こんな生活がしたいなぁ……)

ぼんやりと、そんなことを考えてたら、心地よい眠りの底へと引き込まれていく。

現実では、村人たちがミオの周りで、奇跡を巡って戸惑い、喜び、そして希望を抱き始めていた。

ティナは、最初は「まぐれやろ」ってぼやいとったけど、黄金麦の穂の輝きを見たら、その瞳に大きな丸い光を灯しとったわ。

「……本物や……!」

彼女の小さな手が、黄金麦の穂をそっと撫でる。

これまで希望なんかあらへんかった彼女の顔に、うっすらと笑みが浮かぶ。

他の子供たちも、静かに畑の前に集まって、その奇跡を見つめていた。


ミオの能力のおかげで、アルティ村は飢えから解放された。

豊かになっていった。

「これやったら、今年は村のみんなが腹いっぱい食べられるで!」

長老の笑顔が、皺くちゃの顔いっぱいに広がった。

黄金麦や虹色野菜は、やがて近隣の町「セフィアの町」にも流通し始めた。

そのあまりの高品質さに、たちまち評判を呼ぶ。


「アルティ村の『奇跡の野菜』は、ほんま素晴らしい!」

「あれ食べたら病気も治るって噂やで!」

セフィアの町の市場は、活気に満ちていた。

色とりどりの野菜や珍しい果物が並ぶ露店が軒を連ね、商人たちの威勢のええ声が響き渡る。

そんな喧騒の中で、ミオの生産した作物を巡って、ひときわ大きな声が飛び交う。

「アルティ村の『黄金麦』は、最高品質の証!」「『虹色野菜』はどんな病も癒やす奇跡の恵み!」

もう「アルティブランド」として、その名は広まりつつあったんや。

その評判は、やがて王都の貴族たちの食卓にまで届くことになるやろなぁ。

王都の騎士団や、貴族の館で、この『アルティブランド』の作物が珍重される日も近いかもしれへん。


アルティ村の長老は、この空前の豊作を前に、深く考え込んだ。ミオの生産能力は、村の規模をはるかに超えるもんや。このまま村に留め置いとったら、生産物が過剰になりすぎて、保存や流通経路が追いつかへんようになる。それに、これほどの『奇跡』は、いずれ外部の有力者や危険な組織の目に留まるやろう。そうなったら、ミオだけやのうて、村全体が危険に晒されてまう。長老は、ミオが村を救ってくれた恩義に報いるため、その才能を村に閉じ込めるんやのうて、より大きな舞台で活かすべきやと判断したんや。もう、ミオを「農奴」として縛り続ける必要はあらへんかったんやな。

数日後、長老はミオに正式な解放を告げた。

「ミオよ。お前はもう自由やで。お前は村を救うてくれた。この恩は一生忘れへん。王都へ行って、お前の力、存分に活かしてくるがええ。これは、王都の商業ギルドへの紹介状や。お前の才覚やったら、きっと道は開かれるやろうな」

長老は、ミオの今後の旅路を案じながらも、希望に満ちた目で彼女を送り出した。


そんな噂は、セフィアの町の冒険者ギルドにも届いていた。

ギルドの片隅で、一組の駆け出し冒険者パーティが頭を抱えていた。

パーティ名は「暁の剣」。

リーダーは熱血漢の戦士ライオス。

彼の顔には、焦りと苛立ちがにじみ出とる。

腕の立つ盗賊のシエラ。

彼女は腕を組み、冷めた目で依頼掲示板を睨んでいる。

そして、回復役の魔法使いフィオナや。

彼女は、不安げに指先をもじもじさせていた。


「くっそ、今月の依頼も失敗続きか……これじゃあ、食費どころか宿代すら稼げへん!」

ライオスが、壁を拳で叩いた。その音は、ギルドの喧騒に虚しく吸い込まれていく。

「ライオス、落ち着いて。無理に危険な依頼を受けるんは……」

フィオナの声が、か細く響く。

「なんか、確実に稼げる依頼はないんやろか……」

シエラが鋭い目で、依頼掲示板の隅々まで目を走らせる。


「あ、これや」


シエラが指差したのは、張り出されたばかりの依頼やった。

『アルティ村産「奇跡の野菜」の護衛依頼。報酬:金貨10枚』

「……なんや、寝ながら魔法をかける農奴がおるって話やで?」「『眠り姫の野菜』って呼ばれとるらしいな」

ギルドの片隅で、そんな噂話が聞こえてくる。


「金貨10枚やと!?た、高いやん!」

ライオスの目が、依頼票に釘付けになる。金貨10枚は、駆け出し冒険者にとっては破格の報酬やった。

「でもな、護衛ってことは、危険も伴うわよ。それに、アルティ村って辺境やし……」

フィオナが不安げに言った。

彼女の脳裏には、辺境の地の「魔女」の噂がよぎる。

(ほんまに大丈夫なんやろか、そんな高額な報酬の依頼……もしかしたら、人食う魔女やったとして…)

フィオナの心には、依頼主への漠然とした不安が広がっていた。

やけど、シエラは冷静に分析する。

「いや、逆に考えるんや。辺境やからこそ、あまり競争率が高くあらへん可能性もある。それに、この報酬……。何か裏があるかもしれんけど、この状況で選り好みはでけへん」

「せやけど、これだけ高額やったら、やるしかないやろ!よっしゃ、俺はやるで!」

ライオスは、その依頼票を握りしめた。

二人の仲間を見る。

シエラはため息をつきながら。

フィオナは心配そうな顔で。

それぞれ頷いた。

彼らはまだ知らない。

アルティ村で出会う依頼主が、自分たちの想像をはるかに超える「奇跡」の持ち主やいうことを。

そして、その「奇跡」が、彼らの人生を大きく変えることになるやなんて。


翌日、「暁の剣」パーティは、王都を目指すミオを乗せた馬車と出会うことも知らずに、アルティ村へと向かうのやった。

彼らの未来が、一人の少女の生産能力によって大きく変わるとも知らずに。


---


次回予告


まさかの異世界、まさかのチート能力で、早よも村の救世主に!?

せやけど、うち、ひたすら引きこもりたいねんけど!?

そんなうちの元に、金欠イケメン冒険者パーティが依頼持ってやってきたやん!

え、護衛?王都まで?

まさかうちのチート能力が、こんな形で利用されるなんて!

さあ、引きこもりたいうちの異世界生活は、どうなるんやろ!?


第3話 王都への誘いと旅の始まり


お楽しみに!

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