第18話:覇道の極み、信念の結末
中原の広大な平野で繰り広げられた、公孫瓚と曹操の智戦は、熾烈を極めていた。互いの策が複雑に絡み合い、戦況は目まぐるしく変化する。しかし、公孫瓚陣営の智者たちの連携と、それを束ねる転生公孫瓚の未来知識、そして「民を救う」という揺るぎない信念が、わずかながら優位に立ち始めていた。
曹操軍は、公孫瓚軍の奇策と、それをさらに上回る緻密な対応に苦戦を強いられていた。彼の信じる「秩序の刃」は、公孫瓚の「善政」と、それに惹かれる民の心という、曹操には理解できない「無形の力」の前で、その切れ味を鈍らせていた。
「殿、曹操軍の兵站が限界に達しつつあります!郭嘉殿の予測通り、各地での民の反発が、補給を困難にしている模様です!」
荀彧が、冷静な声で報告した。彼の顔には、疲労の色よりも、確かな勝利への手応えが浮かんでいる。
「うむ。曹操は、秩序を重んじるあまり、民の感情を軽視した。それが、彼の敗因となるだろう」
俺は、頷いた。かつて、袁紹を打ち破ったのと同じ論理だ。
その頃、曹操の本陣では、怒声が響き渡っていた。
「何たる体たらくか!兵糧が尽きかかっているだと!?この乱世に、規律を欠けば、全てが瓦解するのだぞ!」
曹操は、怒り狂い、机を叩いた。彼の目は血走り、その顔には、焦燥と苛立ちが色濃く浮かんでいる。
「孟徳、ここは一旦、退却を。このままでは、兵が飢え、戦意を失います」
側近の将が、苦渋の表情で進言した。
「退却などと!この曹操が、公孫瓚ごときに、退却を強いられるなど……!」
曹操は、悔しそうに呻いた。彼の信じる「強権による秩序」が、公孫瓚の「善政」という、一見すると脆弱に見える力に、打ち破られようとしている。彼は、この現実を、容易には受け入れられなかった。
しかし、戦況は、もはや覆しようがなかった。
公孫瓚は、この好機を逃さなかった。彼は、全軍に総攻撃を命じた。白馬義従が、白い嵐となって曹操軍の本陣へと迫る。趙雲の槍が、怒涛の勢いで敵兵を薙ぎ倒していく。
「曹操!貴様の秩序は、民の血の上に築かれるものだ!今こそ、その誤りを認めよ!」
俺は、曹操の本陣へと突撃しながら、大音声で叫んだ。
曹操は、本陣の守りを固め、最後まで抗戦しようとした。彼の兵士たちは、疲弊しながらも、主君の信念に応えるべく、必死に戦った。そこには、確かに「秩序」を守ろうとする意志があった。
だが、公孫瓚軍の勢いは、もはや止められなかった。
郭嘉の奇策が次々と発動され、曹操軍の指揮系統は寸断されていく。荀彧の緻密な采配が、戦場全体の動きを掌握し、兵士たちを有利な場所へと導いた。そして、蔡文姫が各地で広めた「善政」の噂は、曹操軍の兵士たちの士気をじわじわと蝕んでいた。
「くそっ……!なぜだ!なぜ、私の秩序が、あの甘い理想に……!」
曹操は、絶叫した。彼の周囲には、もはやわずかな兵しか残っていなかった。彼の信じる「正義」が、今、この戦場で、完全に打ち砕かれようとしていた。
その時、趙雲が、曹操の目の前に立ちはだかった。彼の槍の切っ先が、曹操の喉元を寸前で止まる。
「曹操殿、もはやこれまで。潔く投降なされませ」
趙雲の声は、冷静だったが、その瞳には、乱世を終わらせるという強い意志が宿っていた。
曹操は、血の滲むような目で趙雲を見上げた。そして、公孫瓚の姿を見つけると、深々と息を吐いた。彼の体から、張り詰めていた力が抜けていくのが見て取れた。
「公孫瓚……貴様が、勝ったというのか……」
曹操は、かすれた声で言った。彼の顔には、敗北の悔しさだけでなく、自らの信念が打ち砕かれたことへの、深い絶望が浮かんでいた。
「私は、この乱世を終わらせるために、力で秩序を築こうとした。それが、民を救う唯一の道だと信じて……信じていたのだ……!」
曹操の言葉は、まるで魂の叫びのようだった。彼は、最後まで自らの「正義」を信じ、そのために戦ったのだ。その信念は、偽りではなかった。
「貴様の秩序は、民の心を置き去りにした。真の安寧は、民が心から望んでこそ生まれるものだ」
俺は、馬から降り、曹操の前に立った。彼の目に、同情の色はない。ただ、覇者として、彼の信念を受け止める覚悟があるだけだ。
曹操は、ゆっくりと目を閉じ、そして、再び開いた。その瞳には、もはや野心の色はなかった。ただ、すべてを悟ったような、諦観の色が浮かんでいた。
「……私の負けだ、公孫瓚。この天下、貴様にくれてやる」
曹操は、そう言って、静かに得物を手放した。彼の覇道は、今、この瞬間に、終わりを告げたのだ。
公孫瓚の軍は、歓声に包まれた。天下の大敵、曹操を打ち破ったのだ。中原の大部分は、公孫瓚の支配下となり、彼の天下統一への道は、大きく開かれた。
夜の闇の中、戦場には、勝利の歓声と、敗者の静かな息遣いが入り混じっていた。
白馬のたてがみが、勝利の風に、高らかに躍る。その白い輝きは、闇を打ち払い、新たな時代の到来を告げていた。
曹操という強大な敵を打ち破ったことで、公孫瓚の「覇道」は、その極みに達しようとしていた。
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