第19話:江東の決断、志の継承

曹操を打ち破った公孫瓚の名は、もはや天下に揺るぎないものとなった。中原は公孫瓚の支配下に置かれ、彼の「善政」は、武力による征服ではなく、民の心からの支持によって、その領土を広げていった。残るは大勢力、江東の孫策、そして流浪を続ける劉備のみ。天下統一は、すぐそこまで来ていた。


公孫瓚の執務室では、荀彧と郭嘉が、今後の戦略について話し合っていた。


「殿、曹操殿の旧領は、ほぼ平定を終えました。彼の築き上げた法と秩序は、我らの善政と組み合わせることで、より強固な統治基盤となるでしょう」


荀彧が、静かに報告した。彼の目には、確かな手応えが宿っている。


「うむ。曹操の『秩序』は、確かに民を律する。そこに、我らの『慈悲』を加えれば、理想の国が築ける」


俺は頷いた。曹操の強権統治が残した秩序は、公孫瓚の善政と融合することで、より安定した統治を可能にする。


郭嘉が、不敵な笑みを浮かべた。


「残るは江東の孫策殿と、劉備殿。どちらを先に攻めますかな?」


「孫策だ。彼は、純粋な『力』の象徴。その力を、我らの『大義』の下に置かねばならない」


俺は言った。孫策は、若く血気盛んだ。無益な戦を避けるためにも、交渉を優先したい。


その頃、江東では。


「公孫伯珪が、曹操を打ち破っただと!?あの乱世の奸雄を……まさか!」


孫策が、驚愕の声を上げた。彼の顔には、信じられないという表情が浮かんでいる。彼は、公孫瓚を「甘い理想を語る男」と侮っていたのだ。


「公孫瓚の勢いは、もはや止められぬ。このままでは、江東も無事では済まぬだろう」


側近の周瑜(しゅうゆ)が、冷静に言った。彼の顔には、この状況の厳しさが色濃く浮かんでいる。


「ならば、戦うまでだ!この孫伯符が、その白馬の明君とやらを打ち破ってやる!」


孫策は、そう叫び、拳を握りしめた。彼の瞳には、依然として戦意が宿っている。


「伯符、お待ちくだされ」


周瑜が、孫策を制した。


「公孫瓚は、曹操の強権を打ち破った。それは、武力だけではない。彼の『善政』と、それに惹かれる民の心によるもの。我らが彼と戦えば、江東の民もまた、彼を支持するやもしれませぬ」


周瑜の言葉に、孫策は言葉を失った。民の心が、戦の趨勢を左右するという事実は、彼にとって受け入れがたいものだった。彼は、これまで「力」によって全てを解決してきたのだ。


「では、どうすればよいというのだ、公瑾(こうきん)!」


孫策が、苛立ちを隠せない声で言った。


「公孫瓚は、陛下を擁し、大義を掲げている。そして、その統治は、民に寄り添うもの。我々が彼と戦うことは、無益な血を流すだけではございませぬか?」


周瑜は、静かに孫策の目をまっすぐに見つめた。


「公孫瓚殿は、民を苦しめぬ。そして、貴方の目指す『江東の繁栄』も、彼の下でならば、より盤石なものとなりましょう」


周瑜の言葉は、孫策の心に深く響いた。彼は、目を閉じ、そしてゆっくりと開いた。その瞳には、葛藤の色が浮かんでいた。


その頃、公孫瓚の元に、孫策からの使者が訪れた。使者の口から語られたのは、公孫瓚への帰順の意思だった。


「孫伯符殿は、殿の『善政』と、天下を統一するその『大義』に感銘を受け、この江東を殿に献上したいと願っております」


使者は、頭を深々と下げた。その言葉に、公孫瓚陣営の者たちは、驚きと喜びの声を上げた。


「殿、これは、まさに天の助けにございます!」


法正が、興奮したように言った。


「孫策は、武力に長けた男。彼の加入は、我らの戦力をさらに高めるでしょう」


趙雲も、頷いた。


俺は、静かに使者の言葉を聞いていた。孫策の帰順は、まさに望むところだった。これにより、天下統一は大きく加速する。しかし、孫策がなぜ、ここまであっさりと帰順を決めたのか。そこに、周瑜の存在があったことを、俺は知っている。


「孫伯符に伝えよ。その志、この公孫瓚、確かに受け止めよう。江東の民は、私が必ずや守り、その繁栄を約束するとな」


俺は、使者にそう告げた。


数日後、孫策は周瑜らを伴い、公孫瓚の元を訪れた。


「公孫伯珪殿。この孫伯符、殿の偉大なる覇道と、民を慈しむ心に、深く感銘を受けました。この江東の全てを、殿に献上いたします」


孫策は、公孫瓚の前に深々と頭を下げた。その顔には、悔しさよりも、新たな決意の光が宿っていた。


「……私の信じる『力』だけでは、天下は取れなかった。だが、殿になら、この乱世を任せられる」


孫策は、そう呟くと、自嘲気味に笑った。彼の言葉には、自らの限界を認めた、素直な感情が滲み出ていた。


「うむ。ありがとう、孫伯符。お前の志、この公孫瓚、確かに受け継ごう。お前の目指した『江東の繁栄』は、私が創る新しき世で、必ずや具現化されるだろう」


俺は、孫策の手を取り、彼を立ち上がらせた。


江東の地が、公孫瓚の支配下に入った。これにより、中華のほぼ全域が、公孫瓚の旗の下に統一されたことになる。残るは、流浪を続ける劉備のみ。


夜の闇の中、公孫瓚の拠点都市には、勝利の祝宴の光が満ちていた。


白馬のたてがみが、勝利の歌声に、誇らしげに揺れていた。


公孫瓚の覇道は、その極みに達し、彼の天下統一の夢は、いよいよ現実のものとなろうとしていた。

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