白馬王子は天下統一の夢を見るか?ー公孫瓚さん、めっちゃイケてる!ー
五平
第一章:覚醒と選択の代償
第1話:白馬に宿る誓い
目が覚めると、見慣れない土壁の天井が視界に飛び込んできた。土壁に木材がむき出しになった、簡素な造り。枕元に置かれた水差しと湯呑みも、まるで時代劇の小道具のようだ。
「……は?」
二日酔いか?いや、違う。この妙な浮遊感、そして体に満ちる異様な活力。見慣れないごつい腕が視界に入る。自分の手を見つめる。節くれだって、傷跡が点々と残る、ごつい男の腕。
そして、脳裏に洪水のように情報が流れ込んできた。
公孫瓚。字は伯珪。幽州遼西郡の人。白馬義従を率いる騎馬の達人。
──つまり、俺は今、あの“白馬王子”公孫瓚になっていた。
意識が、鮮明なイメージへと引きずり込まれる。
炎上する洛陽の都。その業火が、虚ろな空を不気味に照らしている。
無数の骸(むくろ)の上で、禍々しく笑う巨漢の男、董卓。その笑い声は、地獄の業火に似ていた。
飢えと恐怖に顔を歪める民衆の群れ。彼らの眼差しには、もはや希望の光はなかった。
これは、未来?俺が知る、三国志の血塗られた歴史の断片が、まるで幻視のように次々と脳裏を駆け巡る。
そして、その中に、数年前の光景が混ざり込んだ。
現代で遭遇した列車事故。
目の前で、助けを求める人がいた。手を伸ばせば届いたかもしれない。だが、俺は、ただ恐怖に体がすくみ、動けなかった。あの時、俺は、何もできなかった。その人は、俺の目の前で……。
「うっ……!」
胸が締め付けられるような激痛。頭が割れそうだ。あの時の後悔と、無力感が、転生した肉体にも鮮明に刻まれている。あの時、何もできなかった自分。その代償のように、この乱世で、俺は再び「救う」という宿命を背負ったのか。
未来は、既に血で染められている。だが、それはまだ乾いていない。
『民を救え』
それは、自分の内側から湧き上がる、抑えきれない衝動。そして、未来を知る者としての、新たなる誓いだ。
「……っ、やるぞ」
ごつい自分の手を握りしめる。この手で、今度こそ、大切なものを守る。この知る限りの未来を、書き換えてやる。
その時、障子戸の向こうから、人の気配がした。
「殿(との)、お目覚めになられましたか?」
やけに低い、それでいて爽やかな声。戸が開かれ、一人の青年が姿を現す。精悍な顔つきに、引き締まった体躯。その腰には、見慣れない長槍が差してあった。
俺は、彼の名を知っている。公孫瓚としての記憶に、そして、現代で知る歴史に、鮮烈に刻まれた名だ。
趙雲。字は子龍。
後に、劉備の生涯の忠臣として名を馳せる、天下の猛将。
「趙雲……」
俺の口から、無意識にその名がこぼれた。
趙雲は、わずかに目を丸くした。
「はい、殿。本日も、白馬義従の訓練にお付き合いいただけますでしょうか?」
史実では、趙雲はまず公孫瓚に仕え、その後、劉備の元へ行くことになる。彼の純粋な「義」と、民を守る心は、劉備こそが相応しいと、俺は知っている。
しかし。
この乱世を終わらせるには、圧倒的な力と、最高の頭脳、そして何よりも、民を導く「善政」が不可欠だ。
俺は、全てを知っている。この最強の駒を、歴史の定めに従い、劉備の元へ送り出すべきなのか。それとも……。
いや。現代で「怯えた自分」とは違う。
この手で、未来を変える。そのためには、使えるものは全て使う。
「ああ、もちろんだ、子龍」
俺は、趙雲のまっすぐな瞳を見つめ、決意を込めて言った。
「訓練の前に、少し話をしたい。……お前が望む乱世の終わりとは、どのようなものだ?」
趙雲は、少し驚いた顔をした後、しかしすぐに、真剣な眼差しで答えた。
「それは……弱き民が、ただ安心して生きられる世、でございます」
その言葉に、俺は静かに頷いた。そうだ。俺がこの転生で背負った「代償」は、そのためのものだ。天下統一の夢。それは、俺だけの夢ではない。
趙雲の瞳は、純粋な光を宿していた。曇りなく、ただひたすらに、己の信じる道を求める光。史実で彼が劉備に忠誠を尽くした理由も、その「義」の追求にあったと、俺は知っている。だからこそ、この瞬間、俺は迷っていた。彼の未来を知るがゆえに、その輝きを歴史の定めから外すことに、一抹の罪悪感と、同時に高揚感を覚える。
「子龍よ」
俺は、声をひそめ、趙雲に問いかけた。
「もし、その安寧の世を築くためならば、お前は、いかなる困難にも立ち向かえるか?いかなる犠牲をも、払う覚悟はあるか?」
趙雲は、一瞬ためらったように見えたが、すぐに力強く答えた。
「はい、殿。それが民のためならば、この身を捧げる覚悟はございます」
その言葉に、俺の胸に再び熱いものが込み上げる。この青年が持つ真摯な心こそが、乱世を終わらせる光となる。劉備の下で輝くはずだった光を、俺が奪う。それは紛れもない「強奪」だ。だが、この公孫瓚という存在で、より早く、より多くの命を救えるのならば。
俺は、趙雲の肩に手を置いた。その瞬間、趙雲の体がぴくりと反応した。
「ならば、聞け。私には、この乱世の行く末が見えている」
趙雲の目が、驚きに見開かれる。怪訝な表情と、わずかな畏怖。当然だろう。「未来が見える」など、正気の沙汰ではない。だが、ここで彼の理解を得られなければ、全てが始まらない。
「信じられない話かもしれぬ。しかし、私は、これから起こるであろう幾多の戦乱、多くの英雄たちの台頭、そして、この国が経験するであろう悲劇を、全て知っているのだ。董卓が洛陽を荒らし、袁紹が名門の驕りで混乱を招く。曹操は強権で天下を狙い、劉備は義を掲げて彷徨う。そして、多くの民が、その争いに巻き込まれ、飢え、死んでいく……。だが、それらは、全て変えられる」
俺は、努めて冷静に、しかし、真実を語るように続けた。
「私には、それを変える知識がある。そして、お前には、それを成し遂げる武がある。私の理想は、ただ武力で天下を制するだけではない。民が心から安寧を得られる、真の善政を敷くことだ」
趙雲は、言葉を失っていた。彼の頭の中で、今語られた荒唐無稽な話と、目の前の公孫瓚の真剣な眼差しが交錯しているのだろう。
「しかし……もし、殿の語る未来が真実ならば、劉備殿の求める『義の道』も、遠回り、あるいは、真の民の安寧には繋がらぬ、と申されますか……?」
趙雲が、苦しげに絞り出した言葉に、俺の胸が締め付けられる。そうだ、それが彼の葛藤だ。まだ見ぬ劉備の「義」を、無意識にでも天秤にかけるほどに、彼は純粋なのだ。
「信じるか信じないかは、お前次第だ、子龍。だが、私は嘘は言わぬ。これから、私の言う通りに歴史が動くか、お前の目で確かめてみればいい」
俺は、趙雲の瞳から目をそらさずに言った。これが、俺の最初の賭けだ。趙雲という、未来の英雄を、俺の「大義」に縛り付けるための。
「ただ一つ、私がお前に約束しよう。私の治める地では、民は飢えず、盗賊に怯えることもない。私の兵は、民を守るためにこそ剣を振るう。お前が望む『弱き民が安心して生きられる世』を、私は必ず実現してみせる」
趙雲の表情に、葛藤の色が浮かび上がる。彼は深く考え込むように俯いた。その沈黙が、重く部屋に響く。俺は、ただ彼の決断を待った。焦りは禁物だ。この趙雲を味方にするということは、それだけの価値がある。
数分の沈黙が、永遠のように感じられた後、趙雲はゆっくりと顔を上げた。その瞳には、迷いは消え去り、新たな決意の光が宿っていた。
「殿……私の知る限り、このような荒唐無稽な話をする者は、ただの狂人か、あるいは、真の賢者のみ。しかし、殿の目には、一点の曇りもございませぬ」
趙雲は、深く頭を下げた。
「この趙子龍、殿のお言葉、信じさせていただきます。殿が望む、民安寧の世を、この身を賭して、共に創り上げることを誓います!」
その瞬間、俺の心に、温かいものが広がった。
掴んだ。未来の天下無双の将を、俺は今、この手に収めたのだ。
「うむ、ありがとう、子龍。お前の力は、必ずや天下を救うだろう」
俺は、趙雲の肩を強く叩いた。
これで、最初の第一歩は踏み出せた。過去の無力な自分への代償として、今度こそ、民を救うのだ。
白馬義従の隊旗が、風に揺れている。風を受けて、白馬のたてがみが、朝焼けを駆けるように躍った。
この旗の下に、やがて天下の英傑たちが集い、新たな時代が幕を開けるだろう。
この誓いが、未来に裏切りとなって跳ね返る日が来ようとは──この時、まだ誰も知らなかった。
俺、公孫瓚の天下統一の夢は、今、まさに始まったのだ。
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