Epilogue:魂の洗浄


「ご起立ください」


 サッ、と、服がずれた軽い音が響く。

 気付けば芹の周りに着席していた男女ら全員がその場で起立していた。


「おや……」

「全会一致で可決となった。よって、セリ・イシヤマは国家反逆罪とする!」


 この場の荘厳な雰囲気には似合わぬ「うおー!!!!」という歓声が響き渡る。

 声の主は治癒魔術師協会の重役と、一部の貴族だった。


「裁判は終わりましたか?」

「ああ、そうだ。。国家反逆罪の刑は極刑のみ。貴様は明日にでも晒し首にされるだろう」

「そうでしたか」

「その余裕がいつまで持つのか見ものだな。まあ、最初から恐怖で壊れてしまっていたのかもしれないが」

「ああ、それよりも、治癒魔術師協会の方は私に何か言わなくてよろしいのでしょうか?」

「何?貴様はもう極刑になったのだ。今更何を言う」

「せっかくですから、話くらいは聞いたほうが良いかと思いましたね」


 芹がそう言うと、男は一応といって魔術師たちの方を見た。


「……何かあるか?」

「いえ、その男が死ぬのであれば問題はありません。…………いや、そうです!あのよく分からない治癒魔術……あれを聞かなければならない!」

「そうですぞ……拷問してでも、その技術だけは我々が奪わなければ!」


 魔術師たちは、一斉におのおのが思っていることを口にする。そのほとんどが私利私欲に塗れた悲しいものであったことは言うまでもない。


「やはり、そのような具合ですか」

「こ、答えろ!さもなくば……貴様だけでなく、貴様の子供も拷問するぞ!」

「やれやれ、脅しが下手ですね」


 芹は少し退屈そうに、


「は…………?」

「さて、みなさん。いろいろとお話をしてくださりありがとうございました。実はですね、今回私が捕まったのは、皆さんが実際のところどんな人なのか確かめたいと思ったからなのです」


 芹は、周りの人間たちが驚く暇も与えることがなかった。それよりも業務を優先すべきだと判断したのである。


「そして、見極めていた、というわけです」


「貴様……何を言って……それに、その縄は魔力を制限して……」


 男が最後まで言い終わるより先に、芹は囁いた。


「『洗浄部屋』へ案内いたします」




***




 真っ白な立方体の世界の中に、罪人1人の魂と、神のみが存在する。

 この世界は『洗浄部屋』と呼ばれている。


 洗浄とは言っても、魂を直接洗うことなどない。

 ただ、その魂はこの空間の中で、放置され、だんだんと変異していく。


 苦しみのない苦しみに耐えることができる者は基本いない。

 罪人たちの阿鼻叫喚は、一体何十年、何百年、いや、それとも何億年続いたのか、誰も知らない。


 その魂が生まれ変わるまで、この空間は存在し続けることとなる。




***




「──はい。というわけで、運営許可でました。病院もセットです」

「芹……お前またやったのか」

繁縷はこべらくんもOKだしてました」

「そう……か」

「あ、それと、資金もがっぽりいただきました。援助ではなく、もらったと言うのが正しいですが」


 帰ってきた芹は、どこか上機嫌だった。

 俺はそこそここいつと長くいるし、こいつに機嫌なんてものがないことは知っているが、それでも非常にプラス思考に見えた。


「後は……そうですね。あの後国の有力人物の多くを手駒にすることには成功しましたので、後は一部の勢力と……やつらだけでしょうかね」


 芹の話では、モード王国のほとんどの権力を押さえたらしい。「久しぶりに張り切ってしまいました」なんて笑顔で言われたものだから、本当に焦った。


「国王も『洗浄』済みですので、国の決定権は私にあると言っても良いですねー」

「そうか……」


 どうやら、マナス侯爵とその側近たちだけは今姿を消しているらしい。おそらく例の団体に匿われているのだろう。


「マナスさんは、何かあった時に私を誘き出すための餌要員にでもされるのでしょうかね。可哀想に」

「ああ、そういえば芹が全権を得たってことは、戦争も回避できそうか?」

「メジアンとの戦争ですか?ええ。まぁ、モードが攻めようとしていましたからね。問題ない……と言いたいところですが…………」

「どうした?」

「いえ、来ますね」


 芹は、会議室のドアを開けた。

 するとタイミングよく、全速力で駆けてきたカエデが会議室へと突進していた。


「おっ……と!」

「大丈夫ですか?」

「あ、はい。大丈夫です。取り乱しました」


 普段から冷静沈着なカエデは、あの問題児田平子たびらこの育ての親的な存在でもあるのだが、彼女は肉体派ではなく頭脳派で、情報戦に長けている。


「院長、大変です。メジアンがモードに宣戦布告すると言っています」


 そんな彼女から放たれる言葉は基本的に正確であり、あの『友人』すら彼女を認めていることもあって、重く受け止めざるを得なかった。

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