第22話:新しい命を
私は勝利を確信した。
この攻撃に、『人の肉体』などという脆いものは、耐えることができない。
奢りではなく、事実。
これで良い。
これで、私はまた戦いに生きることができる。
光と煙がはれた。そこには、ボロボロになった鉄骨と、バラバラになった男の姿が────
「……え?」
私は、多分、数秒間、何もせず、瞬きすることもなく、ただそこに立っていたと思う。
何も考えられなくなるくらい、目の前の光景は私の脳の神経を破壊した。もはや体の先まで、全てを硬直させられた。
敵の前でそんな行動に出れば一瞬で命を落とすことになることくらい、幼い時からの経験で脳だけでなく体が理解していたはずなのに。それでも体どころか指も目も口も動かすことができなかった。
「あ……」
私の体が少し硬直から解かれたとき、私は額から汗を流していることに気づいた。重い手を持ち上げ、額を触ると、冷たく、嫌な汗が滴っていた。
「──おやおや。鉄骨が溶けてしまいましたね……やはり熱に弱い。これではまだまだ実用化できませんね。私はそのままの状態でも火事で一切強度の低下しない鉄骨が欲しいのですけど」
セリは、変わらずアリーナに立っていた。アリーナの地面は焼け焦げ、持っていた鉄骨が曲がってしまったというのに、セリ本人には汚れ一つない。
「……しかし、上のフロアは区画分けしておいて正解でしたね。私がいるときは別に問題ないですが、いないときは観客がケガをするかもしれません」
「……」
「
セリは、大きく動けない私に近づいてくる。
私は何もできない以上、私の負けであり、私はセリに殺される。
セリの一見甘く聞こえる言葉も、私には皮肉にしか聞こえなかった。
セリは、私の額に手を当てた。その手は全く汚れのない、透明にすら見える手だった。
「ああ……」
死ぬ間際になって、私は漸く理解した。
この男がなぜ武器を持とうとしなかったのか。なぜ武器ではなくただの鉄骨を持って意味のわからない実験をしていたのか。
答えは簡単だった。
そもそも、この男の肉体より頑丈な武器など、存在しないのだ。
「くそ……」
私は生まれて初めて
死者は、何もすることなどできない。
どんな戦場よりも恐怖の感情を感じながら、私は目を閉じ、終わりのときを待った。
***
「…………あ?」
私は目を覚ました。
「……点滴?」
おかしい。
なんで目を覚ました?
私は負けたのに、なぜ生きている?
「そんなわけが……」
「起きましたか」
「……誰だ?」
「私はカエデと言います。非常に不本意ではありますが、今日から貴女の補佐役をすることになりました。言っておきますけど、私が上司です。貴女の過去は知っています。仕方ないことではあります、が、それにしても社会性がない貴女を立派な職員にするためにきました」
「何を……」
ベッドに横にさせられていた私を、小さな女が見下ろしていた。彼女はカエデと名乗り、私の上司だというが、そこまで強そうには見えない。
こんなやつが上司?
「納得いってないみたいですけど、これは石山院長の命令です。受け入れてください」
「イシヤマ?……セリ?あ……あ……」
「え、ちょっと、大丈夫!?」
「あ……」
「……?何かあった?」
「あはははははは!!!」
「え、おかしくなっちゃった……?」
私は、かつてない高揚を覚えた。
まるで、これが運命だったように。
「セリ様……」
気づけば、私は一度も神に祈ったこともこともないくせに、自然と手を合わせ、祈るようなポーズをとっていた。
「セリ様ぁ……」
「ああ……だめかもこれ」
ああ、彼は、いえ、あのお方は……私に、新しい命を与えてくださったのだ。
「……え、こいつ泣いてる?キモ」
「ありがとうございます……我が主よ……」
「こわ」
芹様に感謝を……私は、貴方の腕となります。
「あははははははは!!」
***
その後、私は己を磨いた。
正直カエデという弱者のもとにつくのは癪だったが、芹様という至高の存在の腕としてふさわしい存在となるため、言葉遣いなどもなるべく柔らかく、見た目は美しく、強さはさらに高みを求めた。
それから何年経ったのか、そんなことはどうでも良い。まだまだ芹様に似合う存在にはなれていないが、それでもこの病院で、ある程度の管理を任せられる人間にはなった。
「あら……?何君、お姉さんと戦いたいの?」
「……っ!?そんな馬鹿な……この拳を、受け止めた?」
今回来た子は、ただの人間にしては力持ちかな。
まぁ、ただの人間にしては、だけど。
「あらら〜、もしかして君、自分より強い人間と戦ったことないのかな〜」
せっかくだから、少し遊んであげましょう。
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