第7話:『友人』


 私はかの石山芹いしやませりに、『友人』と呼ばれている。


 私とせりが出会ったのは、忘れもしない『あの瞬間』だった。

 それは、生死を彷徨い、そしてそのまま生命活動を停止し、『水』へと落ちた芹の魂をたまたま発見した私が芹の魂を『あの世』へ送ろうとしたときである。



 私は人間たちがよく知る言い方をすれば、『死神』や『天使』とでも言えるだろう。

 『水』の中を彷徨う死んだばかりの生命の魂を『あの世』の管理下におく。それが私の役割だった。



 ……しかし、どのくらいか忘れるほどに長くこの仕事を行っていてもなお、見たこともないような現象が起こった。


 既に力を持たないはずの『魂』が、したのだ。

 そんなことは普通あり得ない。

 あり得るはずがないのだ。


 芹のいた世界の法則ルールでは、『魂』は『水』に送られてすぐに我々によって『あの世』へと送られる。『魂』に拒否権などはない。

 いや、そもそも『水』の中にいる『魂』にはほとんど意識がないから、抵抗などできない。もちろん、魂だけの存在である以上出せる手も足もない。



 だが、その時の魂──石山芹は『水』を完全に理解し、本来ないはずの自身の肉体を実体化させた。


 そして、芹は私を見つけた。

 その時の彼の目は、今でも脳裏に焼きついている。


 彼の目はただ目の前の情報を読み取り、そして何をすべきか淡々と考える、まるで合理主義の化身のようであった。

 私はその時、生まれて初めて恐怖を覚えたのだ。


 今客観的に見れば、芹は何もない。

 だが、あれは人間と呼んで良い存在ではなかった。

 私の中の本能が告げていた。



 そして次の瞬間、私の視界が回転した。

 私は訳がわからず困惑した。


「……なるほど、これなら問題なさそうだ」

「………っ!?」


 私の体に激痛が走った。

 生まれてから感じたことのない、悍ましい痛みだった。


「申し訳ないですが、私は貴方の全てを奪わせていただきます」


 そう言って芹は、何かをずっと続けていた。

 私がその内容を理解するのは、少し経ってからだった。




***




「ようこそ、『あの世』へ」

「相変わらずつまらないですねぇ」

「永遠とも思える乗り物酔いから復活したようで、何よりです」


 ホームの端に、改札と小さな駅が付いていた。

 忘れ去られる寸前の無人駅のような、どこか寂しい雰囲気を醸し出している。


 改札を出ると、上には『α駅』と書いてあった。

 駅には、小さなコンビニエンスストアのようなものもある。


「駅弁とかありますかねー」

「あるにはありますが、美味しくないですよ」

「がっかりですね」

「『あの世』に期待しないでください」


「……あ、これは有名な『地獄水』じゃないですか」

「有名なんですか?それも美味しくないですよ。結局、ちゃんと処理された水道水が一番美味しい」

「私の知り合いが飲んでみたいと言っていましてね。せっかくですからいくつかお土産にでも」

「荷物になるので、帰りにして下さい」

「分かっていますよ」


「おい芹……早く目的を果たすぞ」

「あ、そうでしたね、御形くん」


 4人は駅を出た。

 すると、空から何かがやってくるのが見えた。


「──おいお前ら!ここで何をしている。入場許可証を見せろ!」


 それは、鬼と人間を足して2で割ったような見た目をした3人組だった。人間と似てはいるが、明確に人間とは違う特徴と、気配を持っていた。


「警備ですか?」

「そのようです……………


 『友人』は、ゆっくりと手を挙げた。

 そして、呟くように言った。

「『生命停止』」


 その瞬間、空を飛んでいた3人組は突然地面へと落下してしまった。

 その後数秒経っても、彼らは動くことはない。


「必要な犠牲です。皆さん、早くいきましょう。またこのような不運な者たちがきてしまったら、


 『友人』は、何ともないことのように言って、芹たちを案内し始めた。

 その様子を見て、蘿蔔すずしろは若干の恐怖心を抱いたが、隣にせりがいるために恐怖心に支配されることはなかった。

 



 さて、『駅』の周りにはこれといって何もなく、少し凸凹のある荒野のようなものが半径4km以上に渡って広がっていた。


 現在芹たちは『友人』の案内に従い、空を飛びながら目的地に向かっている。


「……おや、よく見ると少数ですが人の姿も見えますね」

「あれはおそらく、『迷い人』でしょう。何かの手違いで『あの世』に転移してしまった者たちです」

「そうですか……では」


 芹は手を伸ばした。

 すると、遥か下にぽつんと佇んでいた者たちが消えた。


「相変わらず優しいですね、芹は」

「そんなことは良いですから、早く行きましょう」


「おっと……見えてきましたよ」


 『友人』は、真っ直ぐ指を刺した。

 その先には築年数が古そうな巨大な城のようなものがあった。


「あれが『本部』です」

「前回とは違う世界の『あの世』ですが、やはりなんとも言えない城ですね。耐久性はなさそうだ」

「本当に、建物を耐久性だけで見る癖、変わっていませんね。着きました」


 4人は、飛行をやめ、城の門の前に降り立った。

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