第6話:身体的接触!ドキドキ(イケメン)と破滅の予感(レティシア)

「よっしゃあああ! もう少しで詠唱完了よ!」


私は中庭で、新しい光魔法の練習に励んでいた。聖女の道は険しい。特に、詠唱が長く複雑な魔法ほど、魔力制御は難しい。汗が額を伝い、視界をかすめるが、構わず集中する。


「(ゲームでは、この魔法はヒロインが魔物を撃退するために使っていたはず。私が完璧に習得すれば、ヒロインの出番を奪えるし、破滅フラグも粉砕できるわ!)」


脳内で悪役令嬢マニュアルが叫ぶ。目標は、ヒロインより完璧な聖女になること。詠唱が終わり、手のひらに光の塊が生まれる。よし、成功だ!


その時だった。近くを通りかかった生徒が、つまずいて倒れそうになった。生徒が持っていた水差しが傾ぎ、中身が私の方へとこぼれ落ちそうになる。


「ひぃっ!?」


私は咄嗟に目を閉じた。水がかかるのは避けられない、と覚悟したその瞬間。


ふわり、と柔らかな布が顔に触れた。同時に、爽やかな風が吹き抜け、水が私にかかることはなかった。目を開けると、私の目の前に、レオナルドの顔があった。彼は私を庇うように、すっと前に立っていたのだ。彼の騎士団のローブが、私の代わりに水を吸い込んでいる。


「レティシア様! 大丈夫でしたか!?」


レオナルドが、心配そうに私を覗き込んだ。彼の顔が、ぐっと私の近くにある。その瞳は真剣そのもので、わずかに息が上がっているのがわかる。ひんやりとしたローブの布越しに、彼の体温が伝わってくるような気がした。


「(な、なんですって!? また監視プレイ!? しかも、ボディガード付き!?)」


私の脳内で警報が鳴り響く。彼は私が水に濡れて失態を演じないよう、監視していたに違いない。完璧な聖女のイメージを崩させないための、彼の周到な罠だ。


「え、ええ、わたくしは大丈夫ですわ! レオナルド殿、ありがとうございます!」


私が答えると、レオナルドはホッと息をついた。彼の頬が、うっすらと赤く染まっていることに、私は気づかない。


「(……ん? 頬が赤い? まさか、私を庇って疲れたのかしら!? このくらいで疲れるなんて、まだまだね!)」


私はレオナルドの頬の赤みを、疲労の証だと勘違いする。彼はそのまま、私を安心させるように、そっと私の肩に手を置いた。その大きな手から、じんわりと熱が伝わってくる。


「(ひぃっ! 近すぎるわ! これも破滅フラグ!? 私を油断させるボディタッチ作戦ね!? このぬくもりは、警戒レベルが上がった証拠よ!)」


私の心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。この胸の高鳴りは、きっと警戒レベルが上がったからに違いない。決して、レオナルドの大きな手や、その体温のせいではない。私は内心で冷や汗をかきながらも、完璧な笑顔を保った。


その日の午後。図書室で、私は再びアリスに遭遇した。彼が手に持っていたのは、私が先日読破したはずの、とある魔術書だった。


「レティシア様。この魔術書について、少しお伺いしたいのですが……」


アリスはそう言って、私の隣の席に座った。彼の指が、開かれた魔術書のページをなぞる。その指が、偶然にも私の指に触れた。


「(ひぃいい! またボディタッチ!? 今度は不注意を装って接触する気ね!)」


指先から、電気が走ったような感覚がした。思わず指を引っ込めたが、アリスは何事もなかったかのように解説を続ける。


「この魔法陣は、魔力を安定させるための重要な部分なのですが……」


彼の声は穏やかで、その表情は真剣そのものだ。だが、私の頭の中では、警戒警報が鳴り止まない。


「(油断させてはいけないわ! 私を惑わそうとしているのよ!)」


私は魔術書の解説に集中するふりをして、アリスの指先がこれ以上近づかないように、そっと体をずらした。


放課後。生徒会室に呼ばれた私は、セドリックから淹れたてのハーブティーを勧められた。


「レティシア様、今日の調合の授業、お疲れ様でした。解毒薬の調合、見事でしたよ」


セドリックは優雅に微笑み、私のカップにそっと手を添える。その指先が、私の指に触れた。


「(うっ! 今度は生徒会長まで! これは悪役令嬢を精神的に追い詰めるための、親密さアピールよ!)」


私はカップを取り上げると、すぐに口をつけた。熱いハーブティーの湯気が、私の顔を覆い隠す。


「ありがとうございます、セドリック殿。これも、ひとえに聖女としての務めですから」


セドリックは、私の手の動きをじっと見つめていた。彼の視線が、私の唇へと移る。私はその視線に、何か邪悪な企みを察知した。


「(まさか、このハーブティーに何か仕込まれているのかしら!? 油断させようとするフリして、何か情報を引き出すつもりね!?)」


私がハーブティーを飲むたびに、セドリックの瞳がキラキラと輝く。私が美味しいと笑顔を見せると、彼の顔は喜びでいっぱいに。そのたびに、私は警戒心を高める。


三人のイケメンたちは、それぞれ異なる方法で、私に身体的接触を試みてくる。彼らのアプローチは日に日に巧妙になっている。私の周りでは、「レティシア様、羨ましいわ!」という囁きが聞こえてくるが、私はそれも「悪役令嬢への嫉妬を誘発する、新たな破滅フラグ」だと解釈していた。


「(この接触は全て、私を破滅へ誘い込むための、巧妙な罠。絶対に恋に落ちてはいけないのよ!)」


私の聖女への道は、イケメンたちの甘い罠と、そこから発生する「破滅の予感」で満ちていた。それでも私は、ひたすら前だけを見て進む。


その様子を、学園の高い塔の窓から、一人の少女がじっと見つめていた――。


脳内会議の結論:「この身体的接触は、破滅へ誘い込む『強制イベントフラグ』! 絶対に恋に落ちてはいけないんだから!」

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