第3話:学園入学!厳重な監視体制(と勘違い)と新たな出会い
「いよいよ、この日が来てしまいましたわ……!」
私は、聖女学園の正門を前に、ごくりと唾を飲み込んだ。煌びやかな装飾が施された巨大な門は、ゲームのオープニングムービーで何度も見た光景だ。しかし、目の前にすると、その荘厳さに圧倒される。高さは優に十メートルを超え、磨き上げられた大理石の柱には、精巧な聖獣の彫刻が施されている。門の向こうからは、生徒たちの賑やかな声が響いてくる。
「(ここが、破滅フラグが本格的に動き出す舞台……! そして、ヒロイン、セリアとの初遭遇の場でもある!)」
脳内で悪役令嬢マニュアルが警戒警報を鳴らす。学園に入学するということは、イケメン攻略対象たちとの接触機会が格段に増えるということ。つまり、監視体制がさらに強化されるということだ。前世で読み込んだゲームの攻略本には、「学園生活は悪役令嬢にとって、あらゆる誘惑と罠が仕掛けられた地獄」と書かれていた。私は、その言葉を胸に刻み、気を引き締め直す。
「レティシアお嬢様、学園へはわたくしがご案内いたします」
執事のセバスチャンが恭しく頭を下げる。彼の背後には、私の専属侍女であるリリアも控えていた。リリアは不安そうな顔で私を見上げる。私の突然の聖女修行以来、彼女は私の行動を理解できずにいるようだが、忠実に付き添ってくれている。
私は頷き、彼らと共に正門をくぐった。広大な敷地には、すでに多くの生徒たちが集まっており、それぞれの制服が陽光を受けて輝いている。色とりどりの校舎が立ち並び、噴水からは七色の虹が舞い上がっている。まさに絵に描いたような学園風景だ。しかし、私の目には、その全てが破滅への罠に見えていた。
その中に、見慣れた顔を見つけた。彼らは門の近く、人の流れから少し離れた場所で、まるで待ち構えていたかのように立っていた。
「(来たわ……監視者たち!)」
レオナルドは騎士の制服を身につけ、生徒たちに囲まれながらも、その視線は鋭く周囲を警戒している。まるで、私が何か不審な行動を起こすのを監視しているかのようだ。アリスは深い青色のローブを纏い、魔導書片手に、何やら難しい顔で生徒たちを観察している。彼の視線は、生徒一人一人の魔力の揺らぎでも探っているかのようだ。セドリックは相変わらず柔らかな笑みを浮かべ、新入生らしき生徒たちの緊張を解している。彼の完璧な笑顔は、裏で何を企んでいるのか全く読めない。
彼らの視線が、一斉に私に向けられた。私は内心でガッツポーズを取る。
「(どう? 私の入学に、あなたたちも興奮しているのでしょう? この悪役令嬢が、いつ破滅フラグを立てるかと、きっと躍起になっているに違いないわ! 見なさい、私のこの完璧な淑女の立ち振る舞いを! 付け入る隙なんて、微塵もないんだから!)」
彼らが私に近づいてくる。一歩、また一歩と、その距離が縮まるたびに、私の脳内で警戒音が鳴り響いた。
レオナルドが最初に口を開いた。彼の声は低く、しかし入学を祝う言葉には偽りが含まれていないように聞こえる。
「レティシア様。ご入学おめでとうございます。聖女候補生としての研鑽、期待しております」
「(……はいはい、ご苦労様。監視の言葉ね。わたくし、期待に応えて差し上げますわ! 聖女としてね! そして、あなた方の期待を良い意味で裏切って差し上げますわ!)」
私は毅然と微笑んだ。その笑顔は、彼らにとっては純粋な喜びに見えただろうが、私にとっては最大の防御だった。次にアリスが、私の魔力を探るようにじっと見つめてくる。その視線に、わずかながら好奇の色が混じっていることに、私は気づかない。
「レティシア様。この学園には様々な知識があります。もし、わからないことがあれば……わたくしに尋ねてくださっても構いませんよ」
「(おやめなさい! その言葉は、私に弱みを見せろという誘い文句ね! そうやって油断させて、私が魔力を暴走させる瞬間を狙っているんでしょう!?)」
私は首を振った。
「ご心配なく、アリス殿。わたくしは全て、自力で解決いたしますわ! 聖女たるもの、いかなる困難も自らの力で乗り越えるべきと、そう学んでおりますから!」
そしてセドリックが、いつも通りの優しい笑顔で、手を差し伸べるように言う。彼の眼差しは、心配と、微かな憧れを帯びているように見えたが、私の目に映るのは「罠」だけだ。
「レティシア様がお入りになれば、この学園も一層華やかになりますね。困ったことがあれば、いつでも生徒会を頼ってください。どんな些細なことでも、わたくしたちが力になりますから」
「(ああ、これが生徒会長の罠! 生徒会の名の下に、私の動向を全て把握するつもりね! どんな些細なことも、私の破滅に繋がる情報として集める気でしょう!?)」
私はピクリとも動じない。むしろ、彼らの監視の目が強固であることに、ある種の安心感を覚えた。破滅フラグがはっきりしていれば、対策も立てやすいというものだ。私が自ら罠に飛び込むような真似をするわけがない。
「皆様方、ご丁寧な挨拶、恐縮ですわ。わたくし、この学園で、聖女としての務めを全ういたします。どうぞ、ご期待くださいませ! そして、わたくしの一挙手一投足を見守ってくだされば光栄ですわ!」
そう言い放ち、私は胸を張って彼らの横を通り過ぎた。彼らの背後から、イケメンたちの困惑したような囁き声が聞こえた気がしたが、私は気にしない。彼らの顔には「え、見守るって?」という疑問符が浮かんでいたが、そんなこと知ったことではない。
クラス分けの案内板へと向かう途中、私は不意に、強い視線を感じて振り返った。まるで針で刺されたような感覚だ。
そこに立っていたのは、一人の少年だった。漆黒の髪は陽光すら吸い込むかのように黒く、まるで夜空を閉じ込めたような深い紫の瞳は、こちらを射抜くように見つめている。整った顔立ちだが、どこか陰を帯びた雰囲気があり、周りの賑やかさとは一線を画している。私の知るゲームの攻略対象にはいない顔。
「(この子……誰!? この視線、ただの興味ではないわ! まるで、私の全てを見透かすかのようだ!)」
夜色の瞳の少年は、私を見つめたまま動かない。その瞳は、何かを探るように、そして、何かを確かめるように、私をじっと見つめ続けていた。警戒心から、私の背筋がぞくりとした。ただの生徒とは思えない異質なオーラを放っている。
「(新たな監視者が投入された!? より強固な破滅フラグ監視網ね! これはきっと、ゲームにはない、イレギュラーな破滅フラグ要員に違いないわ! もしかして、裏ボス的な存在!?)」
私は彼から視線を逸らし、足早にその場を立ち去った。これ以上、怪しい人物と接触するのは得策ではない。破滅フラグ回避のために、余計な関わりは避けるべし。
夜色の瞳の少年は、私が立ち去った後も、しばらくその場に立ち尽くし、私の姿が完全に校舎の中に消えるまで見送っていた。彼の瞳には、どこか寂しげな光が宿っていたように見えたが、私は気づかない。ただ、「(早くここを離れて正解だったわ!)」と内心で安堵しただけだった。
入学式が始まり、校長先生の長い訓示を聞く。その内容は、聖女としての誇りと、学園生活への期待、そして平和への貢献についてだった。私は、これから始まる学園生活、そして聖女への道に、改めて決意を固めた。
「(破滅を回避し、聖女となるため……この学園で、私は絶対に、どんな破滅フラグも斬り伏してやるんだから! ヒロインのセリアが現れても、絶対に心を乱されない!)」
私の聖女学園での日々が、今、始まった。監視者たちの目を掻い潜りながらの、熾烈な破滅フラグ回避戦だ。
脳内会議の結論:「新たな監視者まで投入されるなんて! 学園での破滅フラグは、想像以上に厄介ですわ!」
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