第21話『後ろの正面』

〖真雲の視点〗


 なるほど。

 ようやく分かった。

 『闘階冒険者』ってのが、どういう存在なのかを。


「ギルド内で最高峰の実力を持つ冒険者か……」


 ガルザックってじいさんに、後衛にいた、あの二人。

 ゼルドとリナスだっけ?

 実はすごいヤツらだったんだな。


 『すごい』というのは、単に偉いポジションにいるとか、腕が立つからとか、そういう表面的な話じゃない。


 本当に強い人間というのは、必ずと言っていいほど、何か特別なものを持ち合わせているものだ。

 それは、周囲の人々を引きつけ、大きな影響を与えるような、得体の知れない魅力のようなもの。


 かつて俺が悪の組織で怪人として活動していた頃も、強いやつには独特のカリスマ性があった。


 仲間を引っ張る気概、上に立つ者としての矜持きょうじというものか。

 そんなものを、あのじいさんたちは持っていて、周りもそれを認めていた。


 それがすごいのだ。


 なのによ……。


 シルバから、じいさんがアランの詐欺や脅迫に加担していたと聞いたとき、どうしてもに落ちなかった。


 それは、じいさんがアランの件を隠していたこととは、また別の違和感。

 隠し事をしていること自体には、何か事情があるのかもしれないと割り切れる。

 だが、じいさんの本質的な部分に、どうも納得がいかなかった。


「人を傷つけてスリルを求めるような人間には、どうしても見えねぇんだよな……」


 直接、話したわけじゃない。

 けど、あの短いやり取りの中にも、確かに感じたものがあった。


 この目で、はっきりと見たのだ。

 あのとき、俺に向けられた剣が、微かに震えていたのを。


 あれは、恐怖からくる震えなんかじゃない。

 抗っていたんだ。


 『刃を向ける相手は、自分で選ぶ』


 意識を乗っ取られた状況下でなお、じいさんの本能は俺を傷つけまいと、剣を向けることを拒絶していた。


 少なくとも、俺の目にはそう見えた。


「どうなってんだよ、いったい……」


 頭の中でぐるぐると考えが回る。

 この違和感の正体を解き明かさない限り、俺たちは前に進めない。


 開いたメモ帳を胸に乗せて、ベッドに寝転がったまま天井を見上げる。

 木目の模様が、なんだか歪んだ顔みたいに見えてくる。

 まるで、俺を嘲笑あざわらってるみたいだ。


「……何が可笑しいってんだ」


 わけもなく、イライラしてきた。

 このモヤモヤとした感情は、どこから来ているのか。

 頭の中がごちゃごちゃになって、何から手をつければいいのか分からなくなる。


 散歩でもして気を紛らわせたいが、部屋から出るわけにはいかない。


「あ゛~、くそっ!!」


 頭の下にいるスライムを、八つ当たりするように揉みしだく。


 こいつに何の罪もないことはわかっているが、苛立ちと不快感に囚われた俺にとって、柔らかくひんやりとしたスライムの感触は、気分を紛らわせるのに丁度よかった。


 まだ眠っているのか、されるがままだ。


「……お前はいいよな。何も考えなくて済むんだから」


 もうちょっと揉ませてもらおっ。



 ダンッ、ダンッ



 感触を楽しんでいる最中、ドアが勢いよく叩かれた。

 その音にスライムが飛び起きて、マスクに張り付いてきた。



  ダンッ      ダンッダンッ 

 ガチャガチャ   ガチャガチャガチャ



 ドアノブを乱暴に回す音が重なった。


「え、え、なに……」


 状況がわからず、スライムを剥がそうと焦っていると、外から声が聞こえた。


「ちょっと、真雲さん!」


「……なんだシルバかよ」


 やけに帰りが早いな。

 何かあったのか?


 あ、やべ。

 報奨金片づけてなかった。

 これ、怒られるやつだ。


 ベッドから体を起こし、テーブルに積まれた金貨を隠すようにメモ帳を置く。


 ……よ、よし、これならまだバレんだろう。

 忘れ物を取りに来たのなら、さっと渡してドアを閉めちまおう。


「どした? 何か忘れ物か?」


「いや、それどころじゃないんですよ!! 今、まずいことになってるんです!!」


 声がうわずっていた。

 明らかに様子がおかしい。

 冷静沈着なシルバがこんな慌て方するなんて、ただ事じゃない。


「まずいって何だよ!? 衛兵にでも追われてんのか?」


「違います! 街で——!いや、説明するより見たほうが早くて! あの! 今、両手が荷物で塞がってるんで、早く開けてくれませんか!?」


「?……分かった。ちょっと待てよ」


 ドアノブに手をかける。


 ………なんか、おかしい。


 心の奥で、引っかかりを感じた。


「なあ………」


「もうなんですか!急いでくださいよ!」


「お前だれ?」

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