第17話『箱庭の人形たち』

〖真雲の視点〗


 「転生、特別な力、ねぇ………」


 生きたまま人間を傀儡かいらいにしてもてあそぶクズ of クズ。

 助けたガキから、そのクズはアランという名前だと知った。


 この世界に足を踏み入れた者は、まず自称『神』とやらから人智を超えた力を授かる。


 普通ならこんな話、『へー、そうなんですね。ちょっと用事思い出したんで、失礼します』と、スルーを決め込むところなんだが。


 ………ここまで来るとなぁ。

 転生者にチートスキルとか、ファンタジー系のラノベじゃ常識なんだろうし。


 ん?………いや、待て。


 「俺、そういうの貰ってないんだけど」


 「え」


 「え」


 「それは、ちょっと僕にも…」


 「あ、でも道中でこれ貰ったんだった。もしかして、伝説級のアイテムとか——」


 胸ポケットから石サイズの根っこの塊を取り出す。

 それをキュッとつまむ。


 キャァ゛アアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!


 女の断末魔を思わせる金切り声が響き、数センチの触手が飛び出てきた。


「キモッ!!え、なんですかそれ!キモいキモいキモい!!」


 え、何その反応。

 やるせないんですけど。


「はぁ………」


 見せなきゃよかったと、胸ポケットに戻す。


「……そういや、さっき俺のことを『マスクドレイダー』って言ったよな」


 『仮面の強襲者マスクドレイダー』。


 それは俺が怪人をやめた時、組織の連中に宣戦布告として名乗った呼称だ。

 勿論もちろん、一般の人間が知る由もない。


「あ、え、えっと、言いましたっけ?」


「いや、そういうのいいから」


「でも、やっぱり……知らないほうが……お互いのためというか」


「言えよ! こっちはレアアイテムだと思って我慢して受け取ったのに、結局呪いのアイテム扱いされてガッカリしてんだよ! 今さら大した話じゃないかもしれないけど、俺がテンション上がる情報かもしれないだろ!」


「…じゃあ……」


————


——————


————————————————


 「はああああああああ!? あのときの蜘蛛怪人!?お前が!? いやいやいやいや——!」


 透き通るほどの銀髪、160センチにも満たない小っこい体。

 男とも女とも判別のつかない顔つきは、SNSに投稿すれば100万いいねは余裕でバズるだろう。

 完璧な美形だ。


「……雰囲気違いすぎんだろ………俺の知ってる蜘蛛怪人は、こんな恋愛無双してそうなガキじゃねえ!」


「ガキじゃなくて、シルバです。転生しましたからね、見た目だって変わりますよ」


 ええー。

 なにその、チートみてぇな転生特典。

 こんなん比べたら、俺の顔なんて壁のシミ同然じゃねえか。


「………一応、確認するが、俺の本名は?」


「真雲零」


 即答。


「最後に戦った場所は?」


「廃工場。十五人の戦闘員たちが一瞬でやられて……」


 そこまで覚えているのか。

 ならば……。


「俺が今まで怪人に使った武器は——」


「全部蹴りで終わってますよね」


「必殺技の名——」


「ないですよね?僕のときも『イねや!』って適当な掛け声で、飛び蹴りかましてきましたよね?」


「すごい、全問正解」


 同時に膝をつく。


 ……え、ええ………。


 間違いない。

 目の前のガキ……いやシルバは、俺がかつて戦った蜘蛛怪人だ。


——転生は輪廻の定めに従うが、転移は別。どうやら、何者かの手によって、この世界に迷い込んだようだな……。


 ハディが言ってたな。


 あの口ぶり。

 前の世界の人間がこの世界に来るなら、普通は転生を通じてってことだよな?

 だから……。


——知人の許へ送ってやる。


 知人って、コイツのことだったのかよ!


 複雑な気持ちになった。


 だって転生だろ?

 それ、俺が勢いで殺したのが原因ってことで……。


 え、気まず!気まずすぎる!

 何してくれてんだハディあの野郎、どんな顔してコイツと話せばいいんだよ!

 マスクで顔が隠れてるのが唯一の救いだわ!


 シルバの言う通りだと思った。

 強引に聞き出すべきじゃなかった。

 この気まずい空気、シルバが渋っていたのは、こんな雰囲気になることを見越していたからだろう。


「あの、今更ではありますが……前世のことはすみません」


 突然、頭を下げられる。


 何?

 なんで謝る?


 言葉が出てこない。


「真雲さんの人生台無しにしたこと、ずっと心残りで——」


 あ、そのことか。


「いやいや!よくよく考えたら、お前も組織に洗脳されてた口だろ!むしろ、俺の方がというか!」


 頼む、もう謝るな!

 それ以上は……俺の良心が耐えられん!


 敵だったとはいえ、まさか殺した相手に気を遣われるとは思わなかった。

 シルバは、滅茶苦茶しっかりしてて、いいヤツだった。

 だからこそ、心のHPがゴリゴリ削られる。


 「うーん、うーん」と唸っている俺。

 そんな俺をよそに、あたりを見回すシルバ。


 その視線に、俺もハッと我に返る。


 散乱したテーブルと椅子、血と酒が混じる床、割れた窓ガラス。

 気絶したじいさんと魔術師二人。


 そして——天井に突き刺さったアラン。


「あの………とりあえず、この状況を……」


「!、そ、そうだな!話したいことは山ほどあるけど、まずはそっちが先だな!」


 話題がそれて助かった。

 こんな気まずい空気の中、過去話掘り下げられたら、俺のメンタルが持たない。


 腰にあるポケットから、ダンジョンでちゃっかりくすねてきたポーションを取り出す。


「まずは、じいさんからだな」


 壁際で倒れているじいさんの前にしゃがみ込む。

 重そうな装備を外し、服をそっとめくった。

 目に見える外傷はない。

 しかし、胸部を軽く押すと、かすかに軋む感触がある。


「骨折か……」


 意識がない以上、脳への衝撃も無視できない。

 障害が残っちまったら、それこそ最悪だ。


 どちらもぶっかけとこう。


 ポーションの蓋を外し、じいさんの体と頭に惜しみなくジャバジャバと注ぐ。

 液体が肌に染み込むと、淡い光が放たれた。


 これで全快してくれたらいいんだけどな。


 残りの2人にも同じようにポーションを振りかけてまわった。


「わっ!アイアンスライム!」


「ん、スライム?」


 ひっくり返ったテーブルと床の隙間。

 スライムが挟まっている。


「そんなところにいたのかよ」


 もがくその姿が、なんとなく『ぐ、助けてくれ!』と訴えているようにも見える。

 テーブルをどけてスライムを持ち上げると、ものすごい勢いで胸に飛び込んできた。

 『ふぅ、助かったぜ!』と言いたげに腕の中でブルブルと震えていた。


「……ったく、ほっとけないやつだ」


 ついつい口元が緩んでしまう。


「いいですよ、真雲さん。そのまま動かないでください」


「は?」


 シルバが真剣な顔つきで、携帯用のナイフを抜いている。


「やらせねぇよ!?」


 スライムをぎゅっと抱え、シルバから隠すように背を向ける。


「え、でも」


「こんな小動物に何!? 正気か、お前!」


「小動物って……それ、モンスターなんですけど」


 ドダンッ


 不意に、重い物体が床に叩きつけられる音がした。


 「「あ」」


 見ると、天井に突き刺さっていたはずのアランが転がっていた。


「そういや、こいつ忘れてたな……」


「息……まだありますね。でも…顔が…」


 ぐしゃぐしゃだ。


 下顎骨から鼻骨まで、肉がごっそり抉り取られ、口腔から舌が飛び出ている。

 粉砕された顎の骨は皮膚を突き破り、いくつもの白く尖った破片が露わになっていた。


 シルバのじと目が、俺を射抜く。

 『やりすぎでは?』と語るその視線に、思わず目を逸らした。


 ばつが悪い。


 「まあ、ほら、これで治るだろ」


 俺がアランの顔にポーションをぶっかけると、シルバは慌ててそれを制止しようとする。


「 ちょッ、そんなかけたら完治しちゃいますよ!?こんな危険人物、元に戻したら、また厄介なことに——!」


「あ、やっべ……もっかい顔面潰すか」


「クズに対する道徳がモンスター以下!!」


「でも、もうその繰り返ししかねえよ。こいつ気絶させたら、能力も解けるんだろ?ほら、現にシルバはピンピンしてるわけだし」


「そんな簡単な話じゃ………あ、あれ?そういえば………頭がぼやけた感じが、もうない……」


「だろ?」


「術者が気絶したから、能力が解除された?ホントにそれだけ?後遺症の一つや二つ、残っていてもおかしくないはずなのに……こんなあっさり………」


 どうにも、腑に落ちてない様子だ。


 ビクッ


 シルバがアランの顔を凝視する。


「え、どした?」


 つられて、俺も目をやる。


 顔の輪郭からパーツに至るまで、何一つ欠けることなく、完全に修復されている。

 外傷も噓のように消え失せていた。


 やっぱ凄ぇなこの回復薬。

 え、肌ツヤも良くなってんじゃん。

 ジャイ○ンと綺麗なジャイ○ンくらい違うぞ。

 目尻のしわもクマもなくなって、別人みたいに——。


「え、こんな顔だっけ」


「違いますよ。こいつ……アランじゃない」


「いや、けどよ」


 服装はアランだから、やっぱりアランなんだろう。

 でも、よく見たら背丈まで変わってる気がする。


「ポーションのせいか? 無理やり治したからとか——」


「真雲さん」


 シルバは首を振る。


「これは、そういう問題じゃないと思うんです」


「……だよな」


 ここは誰もが夢を抱くような、単純なファンタジー世界なんかじゃない。

 もっと深い、底知れぬ謎が潜んでいる。


 そうだ、俺たちは今も——

 何者かのてのひらの上で踊らされている。

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