三蹴
第18話『偽りの英雄』
〖???の視点〗
アランとの戦闘から数日が経った。
「ふう……、よしっ!」
重厚な木製扉を押し開け、慣れ親しんだ冒険者管理ギルドの受付へと足を踏み入れる。
広間から活気に満ちた談笑が聞こえてくるはずが、今日は妙に静まり返っていた。
ギルド内には
『おい、あいつだろ。例の冒険者失踪事件の首謀者を捕まえたってヤツは…』
『まじか、あの新参者が?』
『とんでもねぇ化物だな……』
向けられる視線に、居心地の悪さを覚える。
………頼むから、こっちを見ないでくれ。
心の内でそう叫びながら、受付窓口へ向かうと、受付嬢が出迎えてくれた。
「お待ちしておりました」
彼女の声が響く中、背後で冒険者たちの囁きが続く。
『それだけじゃねえ。ヤツは【
「シルバ様」
――――――――
〖シルバの視点〗
「…………」
「どうかされましたか?」
「あ、いや、その」
「ご気分が優れないのでしたら、日を改めましょうか?適性試験もまだでいらっしゃるのに、受付を通さず、一晩で指名手配犯の捜索
「うぐっ」
動揺で言葉に詰まってしまう。
「あの、アリアさん……目が全く笑ってないのですが」
「こちら、報酬金でございます♪」
アリアさんはガン無視で、窓口の下からパンパンに膨らんだ小さな革袋を取り出した。
「……ありがとうございます」
「無事でしたから良かったものの。今後、独断行動はお控えくださいね♪」
言葉の端々に刺を感じる。
本来、冒険者がクエストを受けるには、冒険者管理ギルドへの登録と適性試験の通過が必須だ。
だが、自分はそのルールを無視した。
ここのギルドは依頼の管理や冒険者の安全確保、報酬の分配を厳格に行う機関。
自分の独断行動は、アリアさんのような管理職員の仕事を軽視する行為だった。
「……はい、ごめんなさい」
「本気で反省してます?」
「二度としません、神に誓って」
転生者との出会いに好奇心を抑えきれず、軽率な行動を取った挙句、親切に接しくれたアリアさん含め、ギルド全体に迷惑をかけてしまった。
申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
そんな自分の顔を見て、アリアさんは少しだけ口元の笑みを深くした。
ようやく、本気で反省したようだと。
「もう!ここのギルド長は『結果さえ良ければすべて良し』な人なので今回は見逃されましたが、本来ならシルバ様のような初階冒険者が手を出していいクエストではありません!最悪の場合、懲罰を受けることもあったんですよ?」
「……はい」
しゅんと肩をすぼめる。
「でも、まさかシルバ様が失踪事件の犯人を一人で捕らえ、裏で加担していた闘階冒険者3人まで打ち負かすなんて。今やバクラダ中が大騒ぎですよ。『百年に一度の逸材だ』って!」
「は、はは……正直、僕も信じられません…」
本音である。
どうしてこうなった。
死んだような目で苦笑しながら、小さな革袋を握りしめる。
「でもシルバ様、どうやって犯人の
「えっと…まぁ、成り行きで、たまたま酒場に立ち寄ったら」
「ふーん、たまたま、ですか。秘密主義なんですね。結構です。これにて、受付は終わりとなります。次回は必ず、せ・い・き・の、手順を踏んでくださいね?」
アリアさんの念押しに対して、上手い返しもできず、こくこくと頷くしかできなかった。
——————
はぁ、このお金どうしよう。
大通りを歩きながら、深いため息をつく。
クンクン
通り沿いのパン屋から漂う香ばしい匂いに、思わず足を止めた。
そうえいば、まだお昼がまだだった。
思案に暮れても、空腹だけは待ってくれないし――。
「……せっかくだし、何か買って帰ろう」
寄り道することにした。
パン屋の木製カウンターには、こんがりと焼き上がったパンが整然と並んでいる。
「クルミ入り、ちょっとカタそう。あ、こっちはソーセージ入り…真雲さん、こういうの好きそう」
チーズがたっぷり入ったソーセージパンと、甘い蜂蜜がかかった菓子パンを自分の財布から購入した。
紙袋を抱え、急いで宿へと向かおうと、駆け出した矢先———。
「ぎゃ」
「………?」
背後から聞こえた声に振り返ると、果物屋の露店前で若い女性が尻餅をついていた。
足元には艶やかなリンゴがいくつも転がっている。
どうやら、露店の台座にぶつかってしまったようだ。
「大丈夫ですか?」
「うぇ!?」
驚いた顔でこちらを見上げる。
………目隠し?
黒の長髪に、褐色の肌。
全体的に暗い印象を与える見た目とは対照的に、彼女の身なりは白一色だった。
白い無地の服と、目元を覆う白い布切れの目隠しが、真っ先に目に飛び込んでくる。
「いえいえ!大丈夫!大丈夫ですけど、なにか!?……」
「いや、ケガして――」
「おい!大事な商品になにしてくれてんだ!」
「はひッ!?」
鋭い店主の怒鳴り声が、自分たちのやり取りを遮った。
「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!」
目隠しをしているにもかかわらず、彼女は謝りながらリンゴを拾い上げ、手際よく元の場所に戻していく。
手伝う暇もないうちに、あっという間にすべてを片付け終えると、深々と頭を下げ——。
「失礼します!!」
一言そう言って、誰ともぶつかることなく、巧みに人混みの中へと消えていった。
「おい!ちょっとは買っていけ!」
そんな怒号をよそに、ポカンと立ち尽くす。
………不思議な人もいるもんだ。
——————
街外れの宿屋、『月影の休息所』。
やや古びた木造の建物だが、部屋は清潔で居心地がよく、他に客もいないため隠れ家にはもってこいの場所だ。
ここの主人は口数が少なく、お金さえ払えば詮索はしないところもポイントが高い。
宿代も他より安いが、いかんせん冒険者管理ギルドから離れすぎているため、宿泊地の候補から外していた。
今の状況を考えると、この宿を見つけたのは幸運だったと言える。
階段を上がり、軋む廊下を進む。
トン、トトン、トン。
鼻歌交じりに、小気味よくドアをノックし、鍵を開けた。
「おう、おかえり!」
ベットで
顔は例の
とても、自分の命を救ってくれたヒーローとは思えない姿だった。
「ちょっと!それ、僕の!」
真雲さんは読んでいるのは、冒険者登録時に貰った『冒険者心得:ギルド公式手引書』。
中には、ギルドの規則やクエストの基本的な進め方、冒険者の階級、魔物の危険度や討伐時の注意点、はては武器の手入れ方法に至るまで、新米冒険者が必要とするであろう情報がびっしりと詰まっている。
「
「でも、真雲さん、リヴェア語読めないでしょ?意味ないじゃないですか」
「そうでもねえよ?図とかで意外と分かるもんだ。ほら、このページ。たぶんギルド内の組織図とか記されてんだろ?」
「それ、ギルドのトイレの位置を示した図面ですよ」
「…………」
「時間作って真雲さんにリヴェア語教えてますけど、そんなにすぐ身につくものじゃありませんよ。僕だって、最低限の語学習得に6年くらいかかったんですからね?」
「そんなのんびりしてらんねぇよ。酒場での一件、覚えてるだろ?誰が通報したのか、衛兵が10人くらいドカドカ入ってきて…なんて言ってたっけ?」
「『なんでこんなところにモンスターが!』ですね」
「そう、それ」
苦笑する。
「あの時は僕もビックリしましたよ。みんな剣抜いて
「前に(ハディのダンジョンで)似たようなことがあってな。つい逃げちまった。あいつらもあいつらだよ。スライム一匹にあんな驚くなんてよ」
「いや、あの人たちの反応、真雲さんを見ての反応ですよ?」
「え?」
「え?」
「………ともかく、なるはやでこの世界の言葉と常識をマスターして、『俺はお前らと同じだ』って、堂々と外を歩いてやるんだよ」
「だったら、そのマスク外しましょうよ。そのほうが手っ取り早いですって」
「いやこれは……ちょっとなぁ」
「?、外せない理由があるんですか?」
「いやそれは……ゴホンっ!それより、帰り遅かったじゃん」
なにこの人、誤魔化すの下手か。
「ギルドで受付のねーちゃんにチヤホヤされてたのか?」
「は?むしろ怒られましたが?」
イラっとしてしまい、紙袋をテーブルにやや乱暴に置く。
「そんなへそ曲げるなよ…ゴメンて」
「…すみません。元を正せば僕にも原因がありますし。ほら、パン買ってきたんで、食べますよね?」
「おお!食べる食べる!」
真雲さんが紙袋に手を突っ込むと、ソーセージパンを取り出す。
「ソーセージパン!!俺このパン好きなんだよ!!」
「ふふん」
口元を緩め、得意げな表情を見せる。
真雲さんは態度こそ荒っぽいけど、素直で、駆け引きがないから話しやすい。
今みたいに無邪気に喜んでくれるし、少しくらい不作法でも、不思議と世話を焼きたくなってしまう。
これなら、言葉さえ覚えればすぐに周りと馴染めるだろう。
真雲さんはマスクを半分ずらすと、吸い込むかのように大口を開ける。
ソーセージパンを丸々一口で頬張ると、すぐにマスクを戻した。
「ゴクン……ふぅ、ごっそさん」
ガッとそのマスクを掴んで揺さぶる。
「それやっぱ外せ!カー〇ィかッ!もっとちゃんと味わえッ!!言葉より先に、食への礼儀を叩き込んでやる!」
「あ、ごめ、おかわりある?」
「ああ、もうこの人は!」
『なんだなんだ』とベットの下からスライムがゆっくりと這い出てくる。
『おっ』といった反応で、テーブルに乗った。
パンの入った紙袋に興味津々である。
「こら、お前はパン食わねぇだろ」
真雲さんがスライムを軽く押しのけると、スライムは『むぅ~!』とでも言いたげに激しく体を揺さぶり抗議している。
「はいはい、わかった、わかったって」
そう言いながらスライムを膝上に乗せて、
「真雲さん。そのスライム、『アイアンスライム』って名前で、人を見ると信じられないスピードで逃げ出すことで有名なんですよ。よく手なずけましたね」
「いやまあ、俺の言葉が伝わってるっつーか。俺、野良の猫とか犬、なだめるの得意だったから」
「ああ、同種だと思われてるんですね」
「おいっ」
「冗談ですって」
「ったく。で、アランの件、どうだった?」
「………その、関係者ということで、ギルドから色々情報を共有してもらったんですが。やっぱりおかしいです。アランはともかく……ガルザック、リナス、ゼルドも」
「全員がおかしいって?」
「ええ、まずアランですが、虚偽の高額報酬の提示、または家族を人質に取っての脅迫、いずれかの方法で冒険者を危険なダンジョンに送り込んでいて、それはすべてダンジョンの金銀を独占するのが目的だった………と。ここまでは保身のため、転生の話や『
「…………」
「別々の場所で尋問を受けていたガルザックたちも、アランの犯行に加担したのは脅されたからじゃなく、『金に目が
「無理矢理、操られていたはずなのに……か」
「ええ。被害者であるはずのガルザックたちが、これまでの経緯を秘匿する意味が分かりません。まるで、アランの力が最初から存在しなかったかのように……」
ためらいがちに、言葉を続ける。
「あと、一番不可解なのは……酒場での戦闘で、真雲さんと戦ったはずの全員が、なぜか僕と戦って倒されたと証言してるんです」
「え?じゃあ、俺のことなんて言ってんの?」
「たしか………『そんなやつがいた気もするが影が薄すぎて覚えてない』」
「は?」
「『あ、そうだ、たぶんソイツが店主殺した』と」
「おい、なんちゅう証言してくれてんだ!?」
「とにかく、この世界………なんか、変ですよ。まるで誰かが都合よく『過去』を書き換えてるみたいで」
「ねぇスルー!?もっと不可解なとこあったよね!?ちゃっかり罪、押し付けられたよ俺!?」
「まあ、真雲さんの
小さな革袋を懐から取り出すと、それもテーブルに置いた。
金貨が
「本来、この報酬金も真雲さんが貰うべきなのに。周りを
「はぁ……くそ。分かった。でも今はお前が頼りなんだからよ。任せたぞ、ヒーロー」
「やめてくださいよ、その呼び方」
「いいじゃねえか。右も左もわからないこの世界で、俺を信じて味方になってくれたのは、モンスター以外でお前がはじめてなんだ。十分俺にとってヒーローだよ。なっ、お前もそう思うだろ?」
スライムはそんな真雲さんの言葉には無関心で、すやすやと眠りこけていた。
「……こいつッ」
「ふふっ」
そんな風にスライムを指でつつく真雲さんの、どうにも締まらない様子を見て、ついつい笑ってしまった。
カタッ
………?
「……真雲さん。今、なんか……」
「お?どした?」
「……いえ……なんでもないです………」
見間違いだろうか。
真雲さんの後方にある窓が、不自然に揺れた気がした。
一瞬の出来事に首をかしげるが、すぐに別のことを思い出す。
ずっと言いそびれていたことだ。
「それより、一つお願いがあります」
「なんだ?」
「あの根っこの塊、捨ててください。ほんとキモいです」
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