二蹴

第8話『蜘蛛の魂、異世界に生まれ落ちる』

〖蜘蛛怪人の視点〗


——イねやぁぁあああああああああああああああああああッ!


 真雲 零マクモ レイの蹴撃によって、身体を粉々に吹き飛ばされた瞬間——意識が闇に沈んだ。


 痛みも恐怖も消え、ただ虚無が広がる。

 だが、その闇の中で、一筋の光が現れた。


「………あらあら、ずいぶんと派手に散ったものね」


 甘く、どこか冷ややかな声が聞こえた。


 蜘蛛怪人としての意識は、もはや『魂』と呼ぶべき存在となり、その声に引き寄せられる。


 だれだ。


「私は蜘蛛にまつわる女神、アラクネ。あなたの魂に宿る糸の残響が、私を呼んだの」


 光が形を成し、銀色の髪をたなびかせた女が現れる。

 白いドレスに身を包み、背には蜘蛛の巣のような模様が浮かんでいた。


 貼りついた糸にそっと絡め取られるような感覚がした。

 アラクネと名乗る彼女は微笑みながら、こちらを見つめている。


 突如、前世の記憶——組織の怪人としての罪、洗脳の鎖、真雲零マクモ レイによる蹴撃が断片的に蘇り、胸を締め付けた。


 そうだ……俺は、死んで……。


「自分が何者か思い出した?」


 ああ。

 俺は怪人で……人を、罪を犯しすぎた。


「………………」


 操られていたからなんて、そんな言い訳はしない。

 女神なんだろ?

 地獄ってものがあるのなら、さっさと送ってくれ。

 覚悟は、できてる。


「え、嫌よ。そんなところがあっても、行かせないわ。そもそも、私の役割じゃないし」


 ………は?


「ずっとあなたを見てたわ。組織に作られた怪人だなんて、ほんと不憫な運命よね。洗脳されて、罪を押し付けられて…」


 ………。


「それでも、あなたは戦いを強いられてきた」


 それがどうした。

 あんたがどんなに分かった口をきこうが俺は……あの戦いで怪人として人生を終えたんだ。

 罪は償うべきだ。


「怪人として『の』でしょ?まだ、あなたには人としての人生が残ってるわ」


 ッ!、それでも――!


「ほっとけなかったのよね、蜘蛛つながりのよしみってのもあるし。このまま消滅させるなんて、あまりにも惜しいわ」


 アンタ……。

 俺をどうするつもりだ。


「全部言わせたいの?もう……」


 やれやれと、肩をすくめている。


「もう一度、生まれ変わる気はない?別の世界で」


 新しい人生?

 本気で言ってるのか?

 ………断る。

 もしそれが可能だとしても、到底受け入れられる話じゃない。


「なんで?」


 俺に、そんな資格はないからだ。


「資格があるかなんて、あなたが決めることじゃないでしょ」


 …………。


「勝手に一人で結末を決めて、それで終わり?自責の念があるのなら、犯した罪の分、向き合おうとは思わないの?」


 ……それは…!


業突張ごうつくばりなあなたのために、今度は分かりやすく言ってあげるわ。逃げるか、償うか。さあ、選びなさい」


 そ、そんな。

 そうは言っても……。


 いや、彼女の言うことはもっともだ。

 俺の心を、一番奥まで見透かしている。

 逃げたい。

 もう全てを終わらせてしまいたい。

 心のどこかで、そう願っていたことを。


 だが、それは許されない。

 そんなことをすれば、それこそ死んでいった人たちに顔向けすらできない。


 ……償う、か……。


 しばらく思考した末、自然と口から漏れる。


 もう二度と、あんな後悔はしたくない。


「フフ、その言葉を持ってた」


 アラクネは満足げに頷いた。


「あなたに私の祝福、蜘蛛にまつわる力——『透糸蟲毒スクイトコドク』を授けます。その力は、あなたが新しい世界で生き抜くための助けとなるでしょう。ただし…」


 ?、ただし?


「使い方を誤ればあなた自身を縛る鎖になるわ。賢く使いなさい」


 ………承知した。


「ああ、あと、せっかくの新しい人生なんだから、楽しんで♪」

 

 アラクネがくすりと笑うと同時に、意識が遠のく。


「行ってらっしゃい。あなたの糸がどんな未来を織りなすか、楽しみに見てるわ」



——————



 そうして——。


 『エオルゼア国』の辺境、『ミルフェン』という村に、俺は生まれ落ちた。


 父親は屈強な猟師、母親は優しい薬師だった。


 赤ん坊の身体は華奢で、銀色の髪がふさふさと生えていたが、俺の意識は赤ん坊のものじゃなかった。


 最初は混乱した。


 赤ん坊の身体では思うように動けず、言葉も発せられない。


 だが、両親の温もりに少しずつ心が落ち着いた。

 この温かい繋がりは、俺にはもったいないと感じた。


 ………やり直す。

 この世界で、生きるんだ。

 

 俺は決意を新たにした。


 与えられた祝福についてはよく分からなかったが、前世の後悔を繰り返すつもりはない。


 まずは、この世界を知ることから始めようと思う。

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