第三部
第91話 虚無の大砂漠
俺の完璧なRTAチャートから逸脱した、非効率極まりない感情的な寄り道は終わった。
たった一人の少女を救うという、あまりにも個人的で、あまりにも無謀なクエスト。
だがその結果として、俺は最高の『相棒』との絆というこれまで俺の計算式には存在しなかった未知のパラメータと、アストレア・ノヴァ公国に恒久的なバフ効果をもたらす『世界樹の若木』というSランク級のアイテムを手に入れた。
リターンを考えれば結果的には悪くない投資だったと言えるだろう。
俺は天空の尖塔の最上階、司令室の玉座に深く腰掛け、眼下に広がる自らが創り上げた理想郷を見下ろしていた。
十六歳になった俺の身体は、もはや少年と青年の狭間にあった。
だがその瞳に宿る光だけは、この世界に転生したあの日から何一つ変わっていない。
全てをリソースとチャートとして捉える、冷徹なRTA走者の光だ。
「――マスター。出撃準備、全て整いました」
俺の傍らに控えていたセレスティーナが静かに、しかし確かな意志を宿した声で報告した。
【
その左腕にはリックが彼女のために作った生命維持と魔力補助の機能を持つ白銀の腕輪が、仲間との絆の証のように静かな輝きを放っている。
「ああ。他のクルーの状況は?」
「はい。エルゼ様は後部機銃座にて最終チェックを完了。ボルガン様とリック君は地下工房の管制室で、シルフィードの遠隔支援システムの最終調整を行なっています」
今回の任務は前回のような未知への探索ではない。
敵の位置、目的、そして戦力。
その全てを俺が把握している、完璧なチャートに基づいた『駆除』作業だ。
俺は玉座から立ち上がると、司令室に集まった仲間たちへと最後の指示を出す。
「これより対第二魔将、及び、転移ゲートネットワーク破壊作戦を開始する。シルフィード、発進。目標、ヴァルハイト帝国南方、『虚無の大砂漠』。世界の存亡を賭けたメインシナリオRTA、その第二幕の開幕だ」
俺の言葉を合図に、アストレア・ノヴァという巨大な機械が再び動き出す。
地下ドックでは、改修を終えた超高速飛空艇『シルフィード』がその黒曜石の船体を静かに休ませていた。
第一魔将との戦いの傷は完全に修復され、その翼には対砂漠用の耐熱・防塵コーティングが施されている。
船体下部にはフィーネが開発した、砂漠の砂を分析し水脈や遺跡を探査するための特殊なセンサーが増設されていた。
「マスター! 俺の最高傑作がアンタの帰りを待ってるぜ!」
「カイト様! 今回のシルフィードは完璧です!」
ボルガンとリックの自信に満ちた声が通信機から響く。
俺とセレスティーナ、そして今回の作戦にも同行するエルゼの三人が、シルフィードのコクピットへと乗り込んだ。
「全く、一度帰ってきたと思ったら、今度は砂漠で魔王軍と戦争ですって? 本当に退屈しないわね、あなたの傍に居ると」
エルゼが呆れたように、しかしどこか楽しそうに後部座席で兵装システムのパネルを起動させる。
俺は操縦席に座ると、メインモニターに映し出された目的地、虚無の大砂漠の三次元マップを冷徹な目で見据えた。
「――シルフィード、発進」
俺の静かな号令と共に、黒き流星は再びアストレア・ノヴァの蒼穹へと舞い上がった。
今回は、見送りの仲間たちはいない。
彼らは地上で、俺たちが不在の間の国土防衛と、後方支援という、それぞれの重要な役割を担っている。
シルフィードは音の壁を容易く突き破り、一路、南へと進路を取った。
数時間の超高速飛行の後、眼下の景色は緑豊かな大地から赤茶けた不毛の荒野へとその姿を変えていった。
やがて俺たちの目の前に、空間そのものが陽炎のように歪み、あらゆる光と魔力を飲み込むかのような、巨大な揺らめく壁が立ちはだかった。
「師匠、あれが……」
「ああ。虚無の大砂漠を覆う、古代の空間歪曲結界だ。並の魔術師なら、この中に足を踏み入れた瞬間、方向感覚と精神を破壊され、永遠に彷徨うことになる」
だが俺たちには、この結界を突破する唯一の鍵がある。
俺は隣に座る最高の相棒に静かに命じた。
「セレスティーナ、やれ」
「はい、師匠!」
セレスティーナは目を閉じ、その意識をアストレア・ノヴァに残してきた世界樹の若木へと接続させた。
彼女の身体から溢れ出した黄金のオーラがシルフィードの船首へと集束していく。
彼女はもはやただの聖女ではない。
世界樹の祝福を受け、大地そのものと対話する能力を得た、大地の巫女でもある。
「――聖なる道よ、我らの前に開かれよ!」
彼女の祈りに応え、船首から放たれた黄金の光の波が空間の歪みへと触れた。
すると、まるでモーゼが海を割ったかのように揺らめいていた結界がその中央から静かに左右へと裂け、シルフィード一隻がギリギリ通れるほどの穏やかで清浄な『道』が、砂漠の奥深くまでまっすぐに続いていた。
「予定通りだな。突入する」
俺はシルフィードをその光の道へと滑り込ませた。
結界の内部は、外から見る以上に異様な空間だった。
空には三つの太陽が不気味な光を放ち、砂丘はまるで生きているかのようにその形を絶えず変え続けている。
リックが開発した最新鋭のセンサーですら、ここでは何の役にも立たないだろう。
セレスティーナが切り開いた光の道だけが、この狂った世界における唯一の道標だった。
しばらく進んだ、その時だった。
俺たちの進路上の砂が、ゴボゴボと、まるで沸騰するかのように盛り上がり始めた。
そしてそこから、砂と、古代の機械の残骸が融合したかのような、身の丈二十メートルはあろうかという巨大なゴーレムが、その巨体を現した。
「出たわね。この砂漠の番人、か」
「いや、違うな」
エルゼの言葉を、俺は即座に否定した。
「あれはただの番人ではない。オルベリウスの記憶にあった、第二魔将の眷属にして、この砂漠の『墓守』。――古代兵器『デザート・センチネル』だ」
俺の言葉と同時、センチネルの顔にあたる部分で一つの巨大な赤いレンズが開き、俺たちシルフィードの姿を正確に捉えた。
そのレンズの奥から、全てを塵芥と化すほどの高密度の熱線が収束を開始する。
「チェックメイトの前に、まずは盤上の掃除から始めるとしよう」
俺の口元に獰猛な笑みが浮かんだ。
「エルゼ、後部機銃で敵の関節部を狙い、動きを鈍らせろ。セレスティーナ、お前の聖なる力で俺の攻撃に『対古代兵器』の属性を付与しろ。――RTA、再開だ」
俺の号令を合図に、黒き流星はその翼に搭載された無数の兵装を展開した。
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