第49話 ダンジョン演習

 エルゼ先生の、常識外れでありながらも本質を突く実践的な指導が始まってから、数週間が経過した。

 Fクラスの生徒たちは毎日泥だらけになりながら、悲鳴を上げ、時には涙を流しながらも、その目には以前の諦めの色はなかった。

 彼らは確実に急速に、その力を伸ばし始めていた。


「よし、落ちこぼれたち。今日からは教室での座学や訓練場での生温い模擬戦は終わりよ」


 その日の朝、エルゼ先生は教室に集まった俺たちに挑戦的な笑みを浮かべて告げた。


「お前たちには最初の『実戦』を経験してもらうわ。行き先は学園が管理する初級訓練用ダンジョン――『ゴブリンの洞窟』よ」


 その名前に俺は内心でため息をついた。

 十年前、俺が五歳の時に遊び半分でクリアしたあのダンジョンだ。

 実に懐かしい。

 そして実に退屈な狩り場だ。


「これより四人一組のパーティーを組んでもらう。パーティー編成は今後の学園生活の基本よ。自分の長所と短所を理解し、それを補い合える仲間を見つけなさい」


 エルゼ先生の言葉に教室はにわかに活気づいた。

 だが、その輪の中に入れない者たちがいた。


 一人は、俺だ。

「魔力なしの嫌な奴」という評判はすっかり定着しており、誰も俺と組みたがらない。


 そしてもう一人は、アレンだった。

 平民出身で、魔力測定の結果も最悪だった彼もまた、孤立していた。

 そんな俺たちを見て、エルゼ先生がわざとらしく、意地悪く笑った。


「あらあら。そこの二人、余っているようね。カイトとアレン。ちょうどいいじゃない。落ちこぼれ同士、お似合いのパーティーよ。決定」

「「ええっ!?」」


 俺とアレンの声が綺麗にハモった。

 アレンは「なんで、こんな奴と!」と心底嫌そうな顔で俺を睨んでいる。

 俺もまた、「平民と組むなど、シレン家の恥だ」と傲慢な表情で応戦する。

 もちろん全ては俺が裏で描いた脚本通りの完璧なキャスティングだった。


 俺たちのパーティーにはさらに二人、他のグループからあぶれた生徒が加えられた。

 気弱でいつもおどおどしているが、治癒魔法の才能の芽がある少女、ミリー。

 そして、体格だけはいいが極度の怖がりで、実践になると盾の後ろに隠れてしまう騎士見習いの少年、トーク。

 まさにどこからどう見ても最弱の寄せ集めパーティーの完成だった。


 俺たちがゴブリンの洞窟に到着すると、そこにはAクラスの生徒たちもいた。

 彼らはより深い階層で高難易度の実習を行うらしい。

 王女クリスティーナと騎士団長の息子ガレスが俺たちのあまりにも頼りないパーティー構成を見て、それぞれ異なる反応を示していた。


 ガレスは「Fクラスは、ままごとでもしに来たのか」とあからさまに軽蔑の視線を向け、クリスティーナは何かを分析するかのように興味深い瞳で俺のことを見つめていた。


 ダンジョン攻略が始まった。

 案の定、俺たちのパーティーは苦戦を強いられた。

 アレンがリーダーシップを取ろうと奮闘するが、経験不足からその指示は空回りするばかり。

 トークはゴブリンの雄叫びに怯えて盾から動けず、ミリーの回復魔法は恐怖で震えてまともに味方に届かない。

 俺は、と言えば、わざと一歩引いた位置からその惨状を眺めていた。


「おい、アレンとやら。リーダーのくせにゴブリンの回り込みすら予測できないのか? それでよく俺に偉そうな口がきけたものだな」

「うるさい! 分かってるなら君も戦えよ!」

「生憎だが俺は弱い者いじめには興味がなくてな。それにこの程度、お前一人で対処できなくてどうする?」


 俺は彼の神経を逆撫でするような嫌味な台詞を吐き続ける。

 これも計算のうちだ。

 彼を精神的に追い詰め、そのポテンシャルを強制的に引き出すための、必要なプロセス。

 そして洞窟の奥、開けた広間にたどり着いた時、俺が危機がその牙を剥いた。


 そこにいたのはただのゴブリンではなかった。

 身長が三メートルはあろうかという筋骨隆々の巨体。

 その手には巨大な鉄の棍棒が握られ、その瞳には下級モンスターにはない確かな知性と残虐な光が宿っている。

 本来この階層には決して出現するはずのない上位種――〈ゴブリンチャンピオン〉。


「な……なんだ、あいつは!? 話が違うぞ!」

「ひぃぃぃ! で、でたー!」


 トークが悲鳴を上げ、ミリーはその場にへたり込んでしまう。

 ゴブリンチャンピオンは雄叫びを上げると、地響きを立てながら俺たちに突進してきた。


(よし、最高の舞台設定だ。さて、主人公。お前の最初の覚醒イベントだ。見せてみろ)


 俺が冷静に観察する中、アレンは絶望的な状況を前にその瞳に決意の光を宿した。

 彼は震えるミリーとトークの前に立ちはだかる。


「僕が……僕が、みんなを守るんだ!」


 叫びと共にアレンの身体からこれまでとは比較にならないほどの魔力が溢れ出した。

 それは何色ともつかない、虹色に輝く、混沌とした、強大な魔力。

 彼にしか使えない万象の属性を内包する伝説のギフトの片鱗。


「うおおおおおっ! ――〈インパクト〉!!」


 アレンが放ったのはただの衝撃波の魔法。

 だがその威力は普段の数十倍にも膨れ上がり、ゴブリンチャンピオンの巨体を真正面から受け止めた。

 チャンピオンの突進が、一瞬、確かに止まった。

 そのコンマ数秒の隙。

 俺はそれを見逃さない。


「……まあ、少しはやるようだな。褒めてやる」


 俺はいつもの傲慢な口調で呟くと、懐から一つの魔道具を取り出した。

 それは父アークに「万が一の護身用」として持たされた、高価な攻撃用の魔晶石。

 もちろんただの見せかけだ。


「シレン家の財力をなめるなよ、雑魚モンスターが」


 俺は魔晶石にほんのわずかな俺自身の魔力を起爆剤として流し込む。

 その瞬間、ただの魔晶石は俺の規格外の魔力に反応し、その許容量を遥かに超えるエネルギーを暴走させた。

 俺はその暴走エネルギーを完璧な制御の下で、一本の光の槍へと収束させる。


「――消えろ」


 俺が放った光の槍は、ゴブリンチャンピオンの唯一の弱点である右目の奥の神経節を寸分の狂いもなく正確に撃ち抜いた。

 チャンピオンは悲鳴を上げる間もなくその巨体をぐらつかせ、やがて轟音と共に地面に倒れ伏した。

 後に残されたのは、静寂と、息を切らして立ち尽くすアレン、そして何が起きたのか理解できずに呆然としているミリーとトーク。

 彼らの視線は何事もなかったかのように魔晶石から立ち上る煙を払っている俺の姿に集まっていた。


「……き、君が……やったのか……?」


 アレンが信じられない、といった声で尋ねる。

 俺はそんな彼に、ふんと鼻を鳴らして言い放った。


「勘違いするな。俺がやったんじゃない。俺の家の『財産』がやったんだ。それにきっかけを作ったのは貴様のまぐれ当たりのようだしな。これで貸し借りなしだ。二度と俺に馴れ馴れしくするなよ、平民」


 俺はそう言って彼らに背を向けた。

 ちょうどその時、エルゼ先生が「あらあら、大変なことになっていたようね」と、わざとらしく驚いたフリをしながら現場に到着した。


 こうして俺たちの最初のダンジョン実習は幕を閉じた。

 アレンは自らの未知なる力に戸惑いながらも、確かな手応えを感じていた。

 そして俺、カイト・シレンという存在を、ただの嫌な奴ではない得体の知れない謎の多い男として、強くその心に刻み込んだことだろう。


 全ては俺のチャート通り。

 主人公の最初の成長イベントは、最高の効率で完了した。

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