無能貴族の絶対に妥協しない異世界攻略~効率厨が原作知識を駆使して世界最速でレベリングをしていたら強くなりすぎてしまった~

AteRa

第一部

第1話 悪役貴族に転生

 俺の人生は初期設定からしてバグまみれのクソゲーだった。

 生まれつきの虚弱体質とかいう、パラメータ設定をミスったとしか思えない身体。

 通学だけで一日のHP体力ゲージがレッドゾーンに突入する燃費の悪さで、体育の授業ではいつも隅の方で体育座りをして見学しているしかなかった。

 友達が外で走り回っている間、俺にできるのは自分の呼吸数と心拍数を計測し、いかにエネルギー消費を抑えるか考えることくらい。


「快斗、そんなことばかり考えていないで、もっと気楽にね?」


 母にはよくそう言われたが、無理な話だった。

 与えられたリソースが絶望的に少ないせいで、効率を極めるしかなかったのだ。


 そんな俺にとって、唯一公平で全力を尽くせる遊び場が、ゲームの世界だった。

 特にRTA――リアルタイムアタックは俺の哲学そのものだった。

 俺が人生を捧げた高難易度アクションRPG〈ディスクライド〉は、多くのプレイヤーがその壮大な物語に感動するらしかったが、俺に言わせればあんなものは非効率な強制イベントの塊だった。


(よし、このムービーはスタートボタン連打で2.3秒短縮可能)

(このNPCのセリフ、Bボタンで早送りすれば8秒のロスを防げる)

(このボスの攻撃パターン、3回目のジャンプの着地際に0.5秒の硬直フレームがある。そこが最適解だ)


 ストーリー?

 そんなものはタイムロスだ。

 キャラクターへの感情移入?

 それも非効率の極み。

 俺はネットのRTA配信で「効率の悪魔」「秒を削る変態」などと呼ばれていた。

 蔑称とも受け取られかねないその言葉は、俺にとっては最高の褒め言葉だった。


 その日も俺は病院のベッドの上で、世界記録更新をかけた〈ディスクライド〉のRTAに挑戦していた。

 チャートは完璧。

 操作も神がかっている。

 だが……ラスボスに最後の一撃を叩き込む、まさにその瞬間だった。


 ブツン。


 それはモニターの電源が落ちた音ではなかった。

 俺の人生の電源が落ちようとした音だった。

 視界が急速にぼやけ、コントローラーを握る指先の感覚が消えていく。


(マジかよ……。この人生とかいうクソゲーも最後の最後で強制終了か。セーブすらもさせてくれないとか、鬼畜仕様すぎるだろ……)


 薄れゆく意識の中、モニターに映る壮大な〈ディスクライド〉の世界が鮮明に脳裏に焼き付いた。


(ああ……神様がいるなら、一つだけ言わせてほしい。俺にもう一度……もう一度だけでいいから、人生を生きるチャンスをくれ。そしたらもっと、効率的に、最高の速度で人生を謳歌ゲームクリアしてみせるから――)


 そんなゲーマーらしい愚痴を最後に。

 雨宮快斗のバグだらけだった人生のRTAは、世界記録を更新することなく唐突に終わりを告げた。



   ***



「……なんだ、この状況は」


 ふかふかのベッドの上で目覚めた俺は、自分の小さな手に思わず声を漏らした。

 もちもちとした、まるで赤ん坊のような手。

 視界の低さから察するに、今の俺の体はせいぜい5歳かそこらだろう。


 いや、待て。

 この無駄に豪奢な天蓋付きのベッド、どこかで見た記憶が――


「カイト坊ちゃま、お目覚めでいらっしゃいますか?」


 控えめなノックと共に、メイド服の女性が部屋に入ってくる。

 その顔を見て、俺の記憶のピースがガチリと音を立ててはまった。


 カイト? シレン家の屋敷? まさか……!


 俺はベッドから転がり落ちるようにして姿見の前に立つ。

 そこに映っていたのは、銀色の髪を揺らす、やけに顔立ちの整った少年。

 だが、その瞳にはプライドの高さと、才能の無さに対する焦りが浮かんでいる。


 間違いない。

 俺が前世で死ぬほどやり込んだ高難易度アクションRPG〈ディスクライド〉に登場する序盤のかませ犬――カイト・シレンその人だった。


 そこでようやく、俺は自分が〈ディスクライド〉の世界に転生したことを把握した。

 俺は、このゲームのRTAに青春のすべてを捧げた、いわゆる効率厨だった。

 その俺が、よりにもよって作中屈指の不効率キャラに転生しただと?


(ふざけるな! カイト・シレンなんて最悪のヘイトキャラじゃないか!)


 俺は心の中で絶叫した。



   ***



「さて。まずは現状の整理からだな……」


 メイドに適当な理由をつけて下がってもらった後、俺は改めて頭の中を整理し始めた。


 名作にして怪作、〈ディスクライド〉。

 剣と魔法の王道ファンタジー世界を舞台に主人公が仲間たちと成長し、やがて世界を救う物語だ。

 ただし、その実態は理不尽な初見殺しと、絶妙に悪いゲームバランスがプレイヤーを苦しめる、通称死にゲーである。


 そして、俺が転生したカイト・シレンは、その物語の序盤で主人公の前に立ちはだかるライバルポジションの貴族だ。


 シレン家は代々優秀な魔法騎士を輩出してきた名門だが、カイトの代でその才能は完全に枯渇。

 プライドだけは一人前なせいで、平民出身の主人公に嫉妬し、何かと突っかかる。

 そのくせ実力は三流以下。

 散々プレイヤーのヘイトを集めた挙句、ダンジョンで主人公たちの足を引っ張り、魔物に喰われて無様に死ぬ。


 それが原作におけるカイト・シレンの役回りだった。

 ステータスは低い、スキルは平凡、性格は最悪。

 まさに救いようのないかませ犬。


「このままだと、俺は確実に死ぬ」


 しかも、ただ死ぬだけじゃない。

 世界中のプレイヤーから「ざまぁ」と笑われるような、惨めな退場をするのだ。

 効率を何よりも愛する俺が、そんな無駄で無価値な死に方など、絶対に受け入れられるはずがない。


「……いや、待てよ」


 ここでふと、俺は自分の年齢を思い出した。

 原作のカイトが主人公と出会うのは、王立魔法学園に入学してから。

 確か15歳の時だ。

 今の俺は5歳。

 つまり、学園入学までまだ10年もの時間がある。


「そうだ……今の俺には膨大なゲーム知識がある」


 この世界のどこに貴重なアイテムが隠されているか。

 どの魔物を狩れば効率よくレベルが上がるか。

 どんなスキルを組み合わせれば最強のコンボが生まれるか。

 RTA走者としてコンマ1秒を削るために研究し尽くした、俺の知識のすべて。


 それらを駆使すれば、たとえ才能のないカイト・シレンでも、最強への道筋を描き出すことができるはずだ。

 いや、むしろ……。


「〈ディスクライド〉の常識に囚われたプレイヤーたちが見逃していた最適解を、現実となったこの世界でなら試せるんじゃないか?」


 ゲームではシステム上の制約で不可能だった数々の理論。

 例えば、シレン家に代々伝わる剣術と魔法。

 原作のカイトがどちらも中途半端だったせいで、ゲームプレイヤーは誰もその本当の価値に気づいていなかった。


(そうだ、確かシレン家の人間には、ある隠しギフトがあったはずだ)


 それは、魔力と生命力を一定量まで消費することで覚醒する、超攻撃的なスキル。

 発動条件の厳しさと、ゲーム序盤ではデメリットが大きすぎるため、誰も見向きもしなかった死にスキル。

 だが、RTA走者である俺は知っている。

 あれこそが、最速で頂点に至るための鍵なのだと。


 5歳の今なら基礎体力も魔力量も低い。

 つまり、ギフトの覚醒条件を満たすのが大人よりも遥かに容易い。

 これはRTAで言うところの「序盤の乱数調整」だ。

 ここで最高の初期値を引き当てる。


「いいさ、やってやるよ」


 無能貴族? かませ犬?

 そんな原作の役割なんて知ったことか。

 俺は俺の組んだチャートで、誰よりも効率よく、誰よりも早く、最強になってやる。


「まずは最初のレベリングだ。目標は【ギフト】の覚醒。必要経験値は……俺の知識があれば、1時間もかからない」


 俺は決意を固めると、まだおぼつかない足取りで自室の訓練場へと向かった。

 壁に飾られた木剣を手に取り、ほとんどゼロに等しい魔力を無理やり練り上げる。


 これから始まるのは、運命への反逆だ。

 原作知識と効率厨の執念を武器に、この理不尽な世界を最速で攻略してみせる。

 俺はニヤリと口角を上げ、初めての素振りを開始するのだった。

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