第三幕:神火の具現、火をまとう審判者
崩れた焚刑柱の前に立ち尽くすリリアの前で――
空が、赤く染まり始めた。
轟音。
祈祷の反響。
そして、鉄のうなり声のような鈍い唸り。
丘の上――神官長が両手を天に掲げ、祈祷文を呪のように繰り返していた。
「聖なる火よ、罪を覆い、魂を浄めよ……」
「鉄と祈りを束ね、絶対の審判を顕現せよ……」
地鳴り。
大地を裂いて、聖堂の奥から這い出るように現れたそれは――
巨大な鉄の異形。
燃えさかる焚刑の火を宿し、
膝をついた審問官の形を模した、“火をまとう魔具”。
神火の具現(しんかのぐげん)。
旧世代の異端裁定機構。火をまとい、鉄を穿つ、人の姿を借りた“焚刑台そのもの”。
その瞳に、命の区別はない。
「これが、神の意志か……」
リリアは呟いた。
鉄球の鎖が手の中で震える。
「リリア様、退避を――!」
「いいえ。これは、“止めなきゃいけない”ものです。
でも、壊すわけじゃない。誰も殺さない。
私は……私のやり方で、火を止めます」
前方に立ちふさがる異形の火裁者が、腕を振り上げる。
その動きは遅いが、破壊の意志を込めていた。
次の瞬間――リリアが跳ぶ。
鉄球が、火の腕を正面から打ち砕く……はずだった。
けれど、その一撃は焼かれる。
神火の魔法結界が、鉄球の力を遮った。
「……っ!」
弾かれた衝撃で、リリアは地を転がる。
鎧がきしみ、火の粉が肌をかすめた。
駆け寄るセリアたち。
「リリア様! 無理です! あれは、“人ではない”!」
「それでも、止める……! 殺さずに!」
リリアの声は、揺れていた。
その体には、すでに火の痕が焼き付いている。
盾を持った騎士団が前に出る。
「副団長命令、火の裁者を囲い込め! 盾を広げろ!」
「リリア様を中心に、全方位防御!」
鉄と火と、焼けた祈祷紙が入り混じり、
戦場の空気が高熱でゆがんでいく。
神官長は高台から、変わらぬ声で言い放った。
「お前が、火を拒む限り――この火は終わらぬ。
命を焼かねば、神は赦さぬのだ!」
その言葉に、リリアは叫ぶ。
「赦さなくていい! 私は、生きたいだけだ!
この火で、誰かを焼くくらいなら――私は、火を拒む!!」
鉄球がふたたび振るわれる。
その軌道は鋭く、美しく。
けれど、燃える裁者の結界は硬く、いまだ砕けない。
盾が破られ、騎士団の一人が吹き飛ばされる。
誰も死なないように――と、リリアが全身で受け止めた熱量は、
彼女の腕を焦がし、息を奪う。
だが――
リュシアの声が響く。
「まだ終わってないわ。あなたは、ひとりじゃない!」
そして――子どもたちが、砦の奥から手を伸ばす。
リリアが振り返ると、幼い子の手のひらが、震えながら石を鳴らしていた。
「……ありがとう。私は、“この火”を壊す」
その瞬間、鉄球が音を変えた。
火を砕くためではなく――
火を“閉じる”ために。
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