第二幕:信仰の真実
森の奥――
木々のざわめきがやみ、代わりに沈黙があった。
リリアが案内した先には、古びた石の土台と、崩れかけた礼拝堂の礎が残っていた。
地面は黒く焦げている。
灰と煤が、時の流れにも洗い流されずに残っていた。
石に焼け焦げた跡。
杭を打ち込まれていた穴。
錆びた鎖の破片。
――それは、「焚刑」が行われていた確かな痕跡だった。
聖球騎士団の誰も、言葉を発しなかった。
その静けさが、かえってすべてを物語っていた。
「……ここが、わたしの“祈り”の終わった場所です」
リリアの声が、焦げた地面に落ちる。
手には鉄球。だがそれは、構えられても、振り上げられてもいない。
ただ、静かに地面に置かれていた。
「百年前、この場所では“異端の血”が焼かれました。
祈りの名のもとに。“神の火”として」
セリアが、足元の黒い石に目を落とす。
焦げ目の奥に、かすかに見える子どもの手の跡。
それを見た瞬間、彼女は息を詰まらせた。
そして――木陰から、そっと顔を出した者たちがいた。
小さな影。
子どもたち。
魔族の血を引いているのか、耳が尖っていたり、瞳が淡く光っていたり。
けれど、誰も牙をむかず、誰も声を上げない。
ただ、手に持った小石をコツコツと打ち鳴らしながら、リリアのそばに寄っていく。
その様子に、騎士のひとりが、ぽつりと呟いた。
「……これが……“異端”? これが、“脅威”?」
もうひとりの騎士が、目を伏せて言った。
「自分の手で、ここを……燃やした者がいたのか……」
リリアは、ゆっくりと膝をついた。
子どもたちの小さな手が、彼女の袖をつかむ。
「わたしも、この場所で祈っていた。
“罪を焼く火が、世界を清める”と信じてた。
でも――燃えたのは、ただ、泣いていた子どもだった」
石の火床の中心には、小さな囲炉裏が組まれていた。
それは、リリアと子どもたちが築いたもの。
“焚くための火”ではなく、“あたためるための火”。
セリアが、声を失ったまま、それを見つめていた。
そして震える声で言う。
「そんな……私たちの祈りが……」
「……わたしの鉄球は、あの頃と同じです」
「でも、いまは“誰かを焼く火”じゃなくて、“手をあたためる火”のそばにいたい」
その言葉に、誰かが嗚咽を漏らした。
誰かが剣を地に置いた。
誰かが、ただ空を仰いで、目を閉じた。
騎士団の隊列が、沈黙のまま、音のない崩れを見せていく。
セリアは、唇を噛みしめて立ち尽くしていた。
「……わたしたちは、“正しさ”を、何に見ていたんだろう……」
リリアは、何も言わなかった。
ただ、囲炉裏の火に手をかざし、子どもたちの小さな笑顔に頷いた。
それは、祈りの言葉ではない。
けれど、間違いなく“誰かの夜を照らす火”だった。
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