第7章 焚かれた聖書と、夜を歩く子ら
第一幕:かつて祈りを共にした者たちへ
枝葉のこすれる音と、湿った風が森を撫でていた。
夕刻の陽は赤く、地面に細い影をのばしている。
その道の先に、数騎の馬と銀の鎧が佇んでいた。
リリアは、木の陰からそれを見つめる。
記憶にある紋章、整った陣形。
かつて自らが率いた――聖球騎士団だった。
先頭に立っていたのは、凛とした眼差しの女性。
「……セリア」
副隊長――セリア・フェルネ。
幼い頃からリリアの剣の背を追い、祈りと共にあった人物。
こちらに気づいたセリアの表情が、一瞬で揺れた。
驚愕、安堵、そして……戸惑い。
「リリア様……」
「生きてるよ。ちゃんと」
リリアはフードを取って、ゆっくりと前へ出た。
その背に揺れる鉄球が、かつての“聖女”の証だったもの。
騎士たちが騒然とする気配。
セリアはそれを静かに手で制した。
「教会より、あなたの拘束を命じられています」
「うん。……そうだと思ってた」
「でも、私……どうしても、信じ切れなくて……。
あなたが、そんな理由で敵に回るはずないって……!」
セリアの声は、苦しげだった。
剣の柄に手をかけながらも、抜くことはしなかった。
リリアは、深く頷く。
「セリア。いま、わたしの言葉が信じられないなら、それでもいい。
でも、“祈りの火”が、何を焼いたのか――それだけは見ていってほしいの」
「……何を、見せるつもりですか?」
「私の信仰が終わった場所。
でも、また“祈り直した”場所でもある」
セリアは目を伏せる。
後ろの騎士たちも、顔を見合わせていた。
誰も、即座に反対する者はいなかった。
やがてセリアが、短く息を吐いた。
「わかりました。リリア様。
あなたが見せたいものを、見届けます」
「ありがとう。……でも、もう“様”じゃなくていいよ。
私、もうあの頃の“聖女”じゃないから」
「……それでもあなたはリリア様です」
その名を口にしたセリアの声には、確かな迷いがあった。
でも、その迷いの奥に、ほんの少しだけ“信じたい”という感情もにじんでいた。
リリアは鉄球を引き、森の奥へと歩き出す。
焚刑場跡へ――かつて“神の火”が落ちた場所へ。
聖球騎士団が、それに静かに続いた。
誰も、剣を抜かない。
誰も、罵らない。
ただ、“祈りを共にした者”としての沈黙だけが、その場を包んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます